一覧たび談

観光立国の光と影(後編)―“喜んで迎えられる観光”を地方から―

あのコロナ禍が世界を覆ったとき、インバウンド観光は一夜にして消え去った。
わずか一つの天災――地震、洪水、あるいは疫病。それだけで、観光の灯は簡単に消えてしまうのだ。
観光とは、社会の不安や動揺にいともたやすく影響される、きわめて繊細な産業である。
トランプ前大統領による世界貿易戦争は、為替市場を混乱させ、グローバル経済の構造に揺さぶりをかけた。
その波紋は、輸出入にとどまらず、観光業にも深く入り込んだ。
そして今、地方に滲み出したインバンドは問い直されている。
「私たちは、本当に観光客を歓迎しているのか?」
住民のインバウンドへの戸惑い、そして反発。
自然、歴史、そして日々の暮らし――そのすべてを大切にしながら、どう観光と共存していくのか。
この問いは、地域の未来を左右する核心そのものである。
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政府は2030年に向けて、訪日外国人6,000万人、旅行消費額15兆円という野心的な目標を掲げた。
そして、その実現は決して夢物語ではなくなってきた。
円安が追い風となり、日本の宿泊施設、食、サービス――その“質の高さ”に魅せられた旅行者は、1人あたり22.7万円を日本で消費している。
世界が、日本のホスピタリティを求めてやってくる。
だが、そこに落とし穴がある。
人が集まるのは、いわゆる“メジャー観光地”ばかり。
結果、オーバーツーリズムという弊害が噴き出している。
京都――かつては静寂と伝統が息づく都も、いまや嵐山をはじめとした名所が喧騒に包まれ、潤うのは観光関連の商店ばかり。
静かな京都はどこかへ行ってしまった。
それでもインバウンドのメインエリアから少し外れれば、まだ日本の本当の姿に出会える場所もある。
だが、市としてのキャパシティはすでに限界を迎えている。
公共交通やインフラに過度の負担がかかり、税金を納める地元住民が、公共サービスを自由に使えないという本末転倒な状況。
このままで、本当にいいのか?
産寧坂2
今、政府が掲げるのは「観光客の地方分散化」と「農山漁村の再生」という二つの希望だ。
オーバーツーリズムに追われた修学旅行は、いま農村へ、漁村へ、山間へと向かっている。
子どもたちは、田植えをし、魚を捌き、囲炉裏を囲む。
文科省も、探究学習の一環として、こうした体験を後押ししている。
奈良・京都に代わる「新たな学びの場」は、今、確かに地方に根を張り始めている。
だが、その“聖域”も安泰ではない。
農泊を推進する農林水産省は、「農泊インバウンド受入促進重点地域」を次々に指定し、訪日外国人の受け入れ体制を整備し始めた。
農山漁村が、再び“最前線”に立たされているのだ。
地方創生2.0――その核心は「地域が自ら稼ぐ力を持つこと」。
国の本音は明白だ。
「もはや地方の活性化は、観光しかない」
インバウンドを成長戦略の柱とし、外貨を呼び込む。
だが、その道は、平坦ではない。
農村は観光の素人である。
日本流のおもてなしを、地方がそのまま再現できるはずもない。
文化の違い、マナーの問題、そして治安への不安……
ただでさえ高いハードルに、不安の種は尽きない。
では、どうするか?
答えは一つ。「無理に“おもてなし”をする必要はない」と宣言することだ。
都市のような洗練されたサービスではなく、田舎には田舎の“素朴な温かさ”がある。
そこにこそ、訪れる人々の心を打つ真のホスピタリティが宿る。
もう一つの課題――それは「交通」だ。
地方の観光を阻む最大の壁は、移動の不便さである。
距離は長く、手段は乏しい。
これは観光だけでなく、住民の日常生活にも深く関わる。
だが、希望はある。
日中眠っている福祉バス、通学バス、地元企業の社用バス。
これらを「デマンドバス」として活用すればいい。
国がEV化・低床バスへの更新を全面的に助成し、運転手の人件費を補助する。
これは、“観光”と“暮らし”を同時に救う、革新的な解決策だ。
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メジャー観光地を持たない地域こそ、真のチャンスがある。
“見る”から“体験する”へ――
物語のあるコト消費を創出し、歴史、文化、生業のすべてを観光資源とせよ。
丸山千枚田
観光が、地域を壊すものではなく、地域を守る力になる未来を、私たちは描かなければならない。
バズ狙いのVチューバーを呼ぶのではなく、心から日本を知りたいと願う旅人を迎えよう。
文化や自然に敬意を払う、質の高い個人旅行者が、地域に新たな風を運んでくれる。
彼らは“本物”の体験を求めて何度でもやってくる。高額であっても価値を見出せば喜んで支払う。
民家活用
観光を通じて、地域課題を解決する。
それは、単なる観光政策ではない。
生産、教育、交通、福祉……
あらゆる分野を巻き込み、地域を再構築する“総合政策”としての観光戦略である。
そしていつか、世界が憧れるような農山漁村が生まれる。
そこには、世界が尊敬する旅人たちが、静かに、しかし確実に集まってくるだろう。

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