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		<title>改めて地域再生を考える4</title>
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		<pubDate>Mon, 08 Jun 2026 06:51:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[■新たな再生手法は「総有」 日本国中すべての集落や農地を保全するには「そもそも」人が足りません。 いちばん簡単なことは守る範囲を絞ることですが、そうすると切り捨てられる地域や住民が発生することになりますね。 　トカゲの尻 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>■新たな再生手法は「総有」<br />
日本国中すべての集落や農地を保全するには「そもそも」人が足りません。<br />
いちばん簡単なことは守る範囲を絞ることですが、そうすると切り捨てられる地域や住民が発生することになりますね。<br />
　トカゲの尻尾切りではないですが、本体は生き残る確率はあがるものの、切られた尻尾は、暫くピクピクと動いているものの長くは続きません。<br />
　尻尾だけでは生きられない。それが普通です。それでも、もがきたい、あがきたいなら尻尾自らで、生き残る術を考えなければなりません。<br />
　さてその窮地でどうするか？<br />
土地所有では個人の「私有」と自治体の「公有」、あるいは国家が所有する「国有」に分けられます。<br />
しかし日本には、そこに当てはまらない「共有」や「総有（そうゆう）」が存在します。<br />
「共有」は、特定の共同体が共同で利用する土地・資源を指し、入会林や共有林、茅場（草地）、水路、漁場が代表的なものです。<br />
「総有」は一般的に“土地などが共同体全体に帰属し、個々人が分割持分を持たないとする所有形態”のことを指します。「共有」と「総有」の違いは、個人が持ち分を有し、その自己の持ち分を処分可能する共有に対して、総有は集団として財産を所有し個人の持ち分がなく、個人による処分はできないという点です。<br />
■家庭の「総有」をふりかえる<br />
限界集落問題の本質は、人口減少ではなく「総有の崩壊」と見ることもできます。<br />
実は歴史的に日本社会は「総有」によって維持されてきました。<br />
それは集落や地域だけで無く、家庭も総有が一般的でした。家庭では家事や育児、介護など、対価の交換ではなく「無償の共同労働」が内在化しているはずです。まあ家ではまったく動かない「ぐうたら亭主」とか「男子厨房に入らず」なんて、偉そうにしていた男は昔からいましたけど（笑）<br />
そのキッチンは家族だれでも使用できます。もちろんトイレや風呂も同様で、個人所有ではありません。つまり総有をしているわけです。<br />
最近ラジオでこんなことを聞きました。<br />
同棲をしている中で、買い物をした生鮮食料にまで名前を書き、所有権利を明確にしているとのこと。これは総有が崩壊した姿と言えます。<br />
集落共同体は総有の家庭の集合体でした。すなわち最小の自治プロトタイプであり、その形が崩れれば、共同体という1つのコモンズが衰退していくと考えれば良いでしょう。<br />
　家庭の総有機能は、見落としがちな社会インフラというより、見ようとしなかった社会インフラであるといえます。<br />
その喪失しかけている家庭の総有から再考しないと集落や地域共同体の再生など絵に描いた餅になる可能性があります。</p>
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		<title>地域再生の羅針盤―農家と歩む未来への挑戦(月刊ＮＯＳＡＩ掲載)</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2323/</link>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2026 09:17:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[1.今、日本は「縮む社会」の最前線 日本の農村は今、千年単位の歴史のなかでも類を見ない、巨大な転換期を迎えています。人口減少、少子高齢化、そして東京圏への一極集中など、もはや新聞の見出しに躍る「統計上の数字」ではありませ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>1.今、日本は「縮む社会」の最前線<br />
日本の農村は今、千年単位の歴史のなかでも類を見ない、巨大な転換期を迎えています。人口減少、少子高齢化、そして東京圏への一極集中など、もはや新聞の見出しに躍る「統計上の数字」ではありません。目の前にある「集落の維持困難」や「担い手不在による農地の荒廃」という、血の通った生活の痛み、そして地域の鼓動が弱まっていく切実な現実として現れています。<br />
現在の推計では、抜本的な対策を講じなければ、2060年には日本の総人口は現在の3分の2、約8,700万人まで減少すると予測していますが、深刻なのはその内訳です。東京圏への一方通行の流出が止まらなければ、地方自治体の4分の1以上が、消滅すると指摘されています。<br />
とりわけ農村部で深刻なのは、物理的な人口減少以上に、これまで地域を支えてきた自治の枠組みが根底から揺らいでいることです。「公有（行政）」「総有（全員）」「共有（関係者）」「私有（個人）」など、複雑かつ精緻に編み上げられてきた村落自治のバランスが崩壊しつつあるのです。管理主体そのものが姿を消し、権利者が不明となることで、隣り合う田畑の合意形成が困難であったり、維持責任が空洞化し、先祖代々守り伝えてきた入会林野や水路の仕組みが機能不全に陥るなど、私たちは今、世界でも類を見ない「縮重（しゅくじゅう）社会」の最前線を歩んでいるのです。<br />
（※　図１挿入）<br />
これまで日本の自治体制度は、戦後の人口増加と右肩上がりの経済成長を大前提に設計されてきました。道路も水道も学校も、全国一律のサービスを提供することが正義とされてきました。しかし、もはやその前提は砂上の楼閣です。行政サービスを維持する能力は目に見えて低下し、国からの交付金に財政を依存しきる「名目上の自治」となっているのが地方の偽らざる実情です。<br />
この現実に蓋をせず、いかにして「賢く縮みながら、豊かに暮らすか」という戦略的な舵取りが、今まさに地域住民一人ひとりに問われています。<br />
2.農村は「命の防衛線」<br />
世界に目を向ければ、実は農業人口が増加している地域や、農業を成長産業として位置づけている国は少なくありません。それにもかかわらず、なぜ日本だけがこれほどまでに農業者が減り続け、現場が疲弊しているのでしょうか。<br />
2022年度の日本の食料自給率（カロリーベース）は38％。この数字が突きつける現実は残酷です。私たちは、自分たちが生きるために必要なエネルギーの6割以上を、海の向こうの他国に委ねているのです。<br />
もし今、輸送エリアで紛争や戦争、あるいは大規模なテロによりシーレーン（海上輸送路）が封鎖されたらどうなるでしょうか。昨今のホルムズ海峡をめぐる緊張、ウクライナ情勢による肥料・エネルギー価格の高騰、さらには異常気象に伴う諸外国の農産物輸出制限を見れば、これが決して「対岸の火事」や「SFの話」ではないことがわかります。輸入に頼り切った日本は、わずか半年後には深刻な飢餓に見舞われることになります。<br />
歴史を紐解けば、江戸時代末期の大飢饉の際、諸藩は自領の米を他所へ流出させない「津留（つどめ）」を断行しました。現代においても同様です。有事の際、どの国にとっても最優先事項は「自国民の食料確保」であり、他国への輸出ではありません。<br />
この危機感から、政府は2025年4月より「食料供給困難事態対策法」を施行しました。輸入途絶などの緊急時に、農家に対して増産や作物の転換を指示できる仕組みです。<br />
しかし、法律による命令や罰金で農業生産をできるはずがありません。真の食料安全保障とは、生産現場を担う農家が、明日への希望を持って誇り高く、土を耕し続けられる「土壌」そのものを整えることに他なりません。<br />
2025年には農業従事者が102万人まで減少し、かつその7割が65歳以上という過酷な現実があります。この急激な衰退を食い止めるには、安価な輸入農産物に依存しすぎる構造を根本から改め、農業を“食えるなりわい”や“次世代が憧れる職業”へと再定義することが急務です。<br />
3.「小さな農業」が食の底を支えている<br />
各地の棚田など、日本の原風景とも言える文化的景観は、多くの観光客を魅了します。しかし、その舞台裏で地元の農家は「足腰が立たなくなった。もう来年は作れないかもしれない」と言います。耕せなくなり都市部からのボランティアに頼り切っているか、あるいは耕作放棄地となって草木に覆われ、景色が崩壊していく現実が至る所にあるのです。<br />
生産量は国内全体の2.4％と僅かな小規模農家。家族経営をベースとした農家の多くは中山間地で、消費者に笑われるかもしれませんが、儲からない農業を営んでいます。<br />
現在の農家の所得を時給換算すれば、わずか300円前後という試算さえあります。最低賃金が1,000円を超える社会において、この報酬体系で「頑張れ」というのは酷を通り越して無慈悲です。<br />
その「小さな農業」は、大規模化や大型機械による徹底的な省力化には物理的に限界があります。例えば今でも一部で行っている「畦豆（あぜまめ）」の復活はいかがでしょうか。特に棚田では水張りや災害対策などの理由から畦を大きく作る傾向があります。これは単に狭い農地の有効利用のメリットだけではなく、根粒菌による窒素固定や害虫の天敵の住処が確保され、生態系全体での害虫抑制効果があることや、大豆栽培により味噌・醤油の自給自足を補完できます。<br />
効率が悪いと切り捨てられがちな農業こそが、実は日本の食の「底」を支え、同時に国土の保全や水源の涵養を担っています。しかし、SDGsの「誰一人取り残さない」という理念は、残念ながら最も取り残してはならない農村の最前線に届いていません。<br />
4.人を呼び込み仕事を創る<br />
地域再生を成し遂げるためには、「人」と「仕事」の新しい循環を創り出す必要があります。全国で900万戸に達した「空き家」は、一見すると地域の重荷ですが、視点を変えれば都市住民の「田舎志向」や「二拠点居住」を受け入れるための最大のインフラです。<br />
山村は、20世紀の「速さ」と「効率」のレースで周回遅れとなりました。しかし現在、その価値が「真の豊かさ」として、都会の若者たちの中で見直されつつあります。消費し続けるだけの生活に疑問を抱き、自ら食べ物を育て、自然と共に生きる農村の暮らしを「クールで本質的な生き方」と捉える層が確実に増加してきました。彼らが求めているのは、過剰な所得ではなく、納得感のある「ワークライフバランス」と、自分が社会の役に立っているという「手触り感」のある手応えです。<br />
そこで大切なのは、住民自身が「ここには何もない」「不便で辺鄙なところだ」と自嘲するのをやめることです。卑下すれば、その場所の価値は消えてしまいます。地元では当たり前すぎて気づかない価値を、外の視点を借りて再発見する。その「誇りの回復」こそが、地域を動かす最大の原動力になります。<br />
人口減少期においては、すべてを「貨幣」で解決しようとする資本主義一辺倒の経済から、人間関係の濃密さや現物のやり取りを重視する「信用・贈与経済」への回帰も有効です。限界集落に近づくほど、お金の威力よりも「困ったときはお互い様」という助け合いや、「お裾分け」の価値が高まります。<br />
この日本人が古来より育んできた相互扶助の精神を、デジタル技術も活用しながら、現代的にアレンジした知恵のアップデートをしていく時期が来ているのです。<br />
5.行政依存から地域共創へ<br />
地域課題を抱える多くの現場で、「誰かがリーダーシップを発揮してくれるだろう」とする住民や地域、行政が「三すくみ状態」に陥っているように思えます。<br />
「行政が何とかすべきだ」という住民・地域の過度な依存と「住民がやる気にならないから施策が進まない」という行政の嘆きの連鎖が、結果として停滞を招いています。<br />
近年は、特に都市部からの移住者や若者の間では「税金を払っているのだからサービスを受けるのは当然」「ここは単なる借家で、自分には関係ない」という権利意識が先行し、地域コミュニティへの帰属意識が低下しています。その結果、自治組織の役員や共同作業が「重荷」や「強制労働」のように捉えられ、ますます敬遠されるという悪循環が各地で起きています。<br />
しかし一方で、現場からは「こんな田舎に良く来るね」という悠長な言葉が消え、「誰でもいいから来てほしい、空き家を使ってほしい」という切実な声が上がるようになりました。にもかかわらず、移住者を迎え入れるための具体的な準備や、自ら行動を起こす住民はまだ少数派です。<br />
現在の多くの自治組織は、昭和の「人口増加・拡張主義」を前提とした旧来のシステムのまま運営されています。しかし、基盤が疲弊している今、闇雲に現状維持を叫ぶだけでは共倒れになります。<br />
これからは、「公助への適切な切り替え」や「公助による住民負担の軽減」、「緩やかな共助ネットワークへの再編」、「広域的な自治組織への統合」などを、タブー視せずに正面から議論すべきです。さらに、自治に参加すること自体に、具体的なインセンティブを持たせる工夫も必要でしょう。<br />
自治の形を柔軟に変容させることこそが、次世代に持続可能な地域社会を引き継ぐための、最も現実的で誠実な選択肢です。<br />
6.複線型地域経営のアプローチ<br />
一つの巨大な成功事例を追い求めるのではなく、複数の小さな活動の軸を同時並行で走らせ、地域の持続可能性を高める戦略を「複線型地域経営」と呼びます。<br />
かつての地域振興は、大型工場の誘致や大規模なリゾート開発など、一つの特効薬で地域全体を潤そうとする「単線型（モノカルチャー的）」なモデルでした。しかし、時代は変わりました。どこかの成功事例をそのままコピーするのではなく、その土地にある「眠れる資産」を多角的に再定義し、小さくても強い活動の軸をいくつも作っていくことが、結果として変化に強い、強靭な地域経営につながります。これは、効率性や規模で勝負できない中山間地域にとっての唯一無二の「生存戦略」です。<br />
国民の命を支える食料を生み出す農村ですが、もはや住民だけでその機能を維持することには限界がきています。だからこそ、既存のコミュニティの壁を少しだけ低くし、外からの風を受け入れる「寛容さ」が不可欠です。<br />
季節や時間帯によって複数の仕事を持つ「マルチワーカー」の育成です。一人の人間が「専業農家」や「公務員」など一つの肩書きに縛られるのではなく、ある時は農業、ある時は観光ガイド、ある時はITワーカー、そしてある時は地域の介護や除雪を担う。いわば「地域経営の十種競技」のような多才な人材を育てる仕組みです。<br />
これを実現するためには、以下の3点が鍵となります。<br />
①	余白の創出：よそ者が参画し、新しい実験ができる「場」を用意する。<br />
②	農村ＲＭＣ（地域運営組織）の創設： 個々の小さな活動を束ね、プラットフォームとして機能する中間支援組織を作る。<br />
③	新常識への挑戦：世代やジェンダーを超えて、多様な価値観を混ぜ合わせ、地域資源を最大限に活用する。<br />
経済効率や行政のコストだけで地域を切り捨てるのではなく、無秩序な消滅を回避し、地域の尊厳と記憶を維持する。この「最終段階の地域マネジメント」が今、求められています。小さく、多様で、繋がっている状態を創り出すことが複線型経営のゴールです。<br />
7.「生命生活総合産業」への進化<br />
農村は農産物を生産するだけの場所ではありません。健康、教育、福祉、エネルギー、伝統文化。これらすべてを包摂する「生命生活総合産業」へと進化すべきです。<br />
その進化に足かせとなるのは「組織内の常識」という名の思い込みです。「昔からこうだった」「普通はこうだ」という言葉が、新しい可能性を摘み取っていませんか？<br />
組織の中だけで通用する「ガラパゴスな常識」は、外から見ればしばしば「非常識」なのです。特に深刻なのは「皆が言っている」という実体のない同調圧力に屈し、自ら調べ、考えることを放棄してしまう姿勢です。その『皆』とは、具体的に誰のことかという疑問を持つことが、再生への第一歩です。<br />
イノベーションは、真面目に前例を踏襲しているだけでは起きません。それは技術革新だけでなく、新しい組織の形を創り、新しい生産・販売市場を見出すプロセスそのものなのです。<br />
リスク分散のためにも、出荷すれば後はお任せでなく、直接取引やふるさと納税、輸出など、複数のチャンネルを持つことが、今後生き残るため、必須条件となります。<br />
昨今の「令和の米騒動」が示す通り、ひとたび猛暑や大災害が起きれば、効率重視の生産体制は脆さを露呈します。平地から山間地まで高低差があり、四季がずれる国土は、日本の食卓を守る「かなめ」になります。<br />
中山間地の農村は、高コストかもしれませんが、一度失えば二度と再生できない「命のラストリゾート」なのです。<br />
8.命の根源「水」を見つめ直す<br />
日本は「水に恵まれた国」だと信じていますか？残炎ながら、日本の一人当たりの水資源量は世界平均の半分以下なのです。<br />
日本の急峻な地形で降った雨は、一瞬にして海へ流れ出てしまいます。私たちが水不足を実感せずに済んでいるのは、海外から「バーチャルウォーター（仮想水）」として年間約640億㎥を輸入しているからであり、その量は日本の水消費の約8割が海外に依存している計算になります。<br />
人類が利用できる淡水は地球上のわずか0.01％に過ぎません。2050年、世界人口が90億人を超えるとき、水資源をめぐる「水戦争」は「オイル戦争」と同様に現実のものとなるでしょう。食料自給率が低く、水資源を他国に依存する日本こそ、この地球規模の危機に対して最も脆弱な立場にあるのです。<br />
都会の人々が、蛇口をひねれば水が出ることを「当たり前」だと思っている間は、農村の価値は正しく理解されません。清らかな水や空気がどこで育まれているのか。農村は単なる地方ではなく、日本の国土保全における「心臓部」であることを、私たちは声を大にして伝える必要があります。<br />
9. 人と自然が響きあう農山村<br />
日本で享受している恵みの多くは、先人が何世代にもわたって手を入れ、守り抜いてきた「文化的自然」です。そんな水を育む山林が荒廃し、管理が行き届かなくなったことでクマやイノシシが人里に出没するのは、人間と自然の「境界線（結界）」が崩れている証左です。<br />
インバウンド需要が急増する今、日本が単に「消費される観光地」に成り下がってはいけません。独自の歴史や自然、そこに生きる人々の営みそのものを価値とするサステナブル・ツーリズム（持続可能な観光）へと舵を切るべきです。<br />
鳥獣と同様に訪問者には行政界はありません。その行政の境界線を越えて、たくさんの方が農村を訪れ、地域の自然や地元の方々の温もりに触れ、食や命の営みに深く共感してもらう観光や関係人口を増やすことこそ未来の農村の姿で持続可能な地域への道筋です。<br />
とは言うものの自ら活動をして、移住や定住を促す人は数少ない状況です。<br />
そこで都市住民を単なる利用者から、主体として段階的に移行させる仕組みの大乳段階として、「疎開プログラム」を考えました。自治の限界にある過疎地域へ都市人口を「地域の構成員」に転換していく手法です。大都市からの災害避難先として会員を募り、地域は森林や農地、空き家の利用権を付与します。会員は疎開先をあらかじめ用意できることで安心感を確保でき、祭りなど集落の行事に参画することができます。<br />
地域は疎開者を迎えることで、コモンズが行う社会活動や山林・田畑、空き家の管理など仕事の担い手を確保します。これは地域資源を共有する機会に恵まれることで、都市住民の新たな投資先となることを想定しました。ニーズが合えば、双方に大きなメリットとなるでしょう。<br />
10.農村の再生は日本の再生である<br />
農耕・漁労生活から続く日本の形が、今、大きな曲がり角に立っています。農村も旧態依然とした檻の中に閉じこもっていては存続できません。「平成の大合併」を経て、多くの自治体は効率化を求めましたが、現場では今も集落消滅の瀬戸際が続いています。<br />
全戸高齢者の集落でただ「活性化」を叫んでも、動ける人間がいなければ言葉は空虚に響くだけです。<br />
私たちが掲げるべきは「エゴ（自己利益）からエコ（共生・循環）」への転換です。<br />
自分たちの生命の安全を自ら確保し、人間として生きるための環境と文化を死守する。その泥臭い実践こそが、真に持続可能な農村を作り上げます。<br />
前例踏襲という名の安全地帯を抜け出し、これまでの「非常識」を「新常識」に変える熱量。それこそが、今、現場に求められているものです。<br />
森の緑に目を向け、土の匂いを嗅ぎ、水の一滴に感謝する。そうした人間としての当たり前の感覚を取り戻すことが、地域再生の第一歩です。農家の皆さんが流す日々の汗は、単に作物を育てているのではありません。この国の命の根源を守り、未来の子供たちへ豊かな国土を引き継いでいるのです。<br />
自信を持ってください。皆さんの営みこそが、この国を支える最大の柱です。厳しい現実は続きますが、まずは自分の地域に惚れ直し、隣人と語り合い、小さな一歩を踏み出しましょう。農村が輝きを取り戻すチャンスは、今、自分たちの手の中にあります。共に、新しい時代の農村を築いていこうではありませんか。</p>
<p><a href="http://tiiki-saisei.jp/wp/wp-content/uploads/2026/06/e55949b8107351c648d58dee0b178234.jpg" rel="lightbox[2323]"><img src="http://tiiki-saisei.jp/wp/wp-content/uploads/2026/06/e55949b8107351c648d58dee0b178234-300x213.jpg" alt="地域循環共生圏" width="300" height="213" class="alignnone size-medium wp-image-2324" /></a></p>
<p><a href="http://tiiki-saisei.jp/wp/wp-content/uploads/2026/06/38187c60975b894de894658e8f645ca0.jpg" rel="lightbox[2323]"><img src="http://tiiki-saisei.jp/wp/wp-content/uploads/2026/06/38187c60975b894de894658e8f645ca0-300x285.jpg" alt="自治類型３モデル" width="300" height="285" class="alignnone size-medium wp-image-2325" /></a></p>
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		<title>ChatGPTに会社のロゴを作らせてみた</title>
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		<pubDate>Fri, 22 May 2026 01:29:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>

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		<description><![CDATA[大した情報を与えずに会社の情報を収集してからの条件とした。 それでも無料版でここまで特徴を造り込んできた。 ある意味、怖いですね。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://tiiki-saisei.jp/wp/wp-content/uploads/2026/05/700272496_122133009069062580_561029318542379219_n.jpg" rel="lightbox[2319]"><img src="http://tiiki-saisei.jp/wp/wp-content/uploads/2026/05/700272496_122133009069062580_561029318542379219_n-300x300.jpg" alt="700272496_122133009069062580_561029318542379219_n" width="300" height="300" class="alignnone size-medium wp-image-2320" /></a><br />
大した情報を与えずに会社の情報を収集してからの条件とした。<br />
それでも無料版でここまで特徴を造り込んできた。<br />
ある意味、怖いですね。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>観光をもう一度考えましょう</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2312/</link>
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		<pubDate>Fri, 20 Feb 2026 01:31:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[観光は全産業の中で最もリスクがある業態です。 政治に災害、特に地方など災害1つで一瞬にして観光客は消滅するんです。 中国インバウンドを頼りとした地域は相当辛くなります。 オーバーツーリズムで苦慮していた地域はちょっと一息 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>観光は全産業の中で最もリスクがある業態です。<br />
政治に災害、特に地方など災害1つで一瞬にして観光客は消滅するんです。<br />
中国インバウンドを頼りとした地域は相当辛くなります。<br />
オーバーツーリズムで苦慮していた地域はちょっと一息でしょうね。<br />
観光関係者の皆様、コロナ禍で観光客が消えたとき、だれに助けられたか思い出してください。<br />
国内観光客を大事にした。そして今も大切にしている地域は全く影響は受けていません。<br />
瞬間最大風速のインバウンド景気に踊らされないで、もっと国内観光客ファーストで観光を考えましょう。<br />
ここへ来ると「ホッとする、癒やされる」<br />
本当に持続する観光地域を創ること。これが一番重要ですよ。<br />
そんなリピーターがやってくる地域が持続するのです。<br />
特定国に依存せず、高付加価値な観光を進める。<br />
そのために観光人財を育てることが、未来に続く観光になります。<br />
地域に優しい観光へ、持続する地域へ、もう一度、観光のあり方を考えてみませんか。<br />
<div id="attachment_2313" style="width: 310px" class="wp-caption alignnone"><a href="http://tiiki-saisei.jp/wp/wp-content/uploads/2026/02/DSC_0389.jpg" rel="lightbox[2312]"><img src="http://tiiki-saisei.jp/wp/wp-content/uploads/2026/02/DSC_0389-300x169.jpg" alt="DSC_0389" width="300" height="169" class="size-medium wp-image-2313" /></a><p class="wp-caption-text">DSC_0389</p></div></p>
<p><a href="http://tiiki-saisei.jp/wp/wp-content/uploads/2026/02/DSCF0126.jpg" rel="lightbox[2312]"><img src="http://tiiki-saisei.jp/wp/wp-content/uploads/2026/02/DSCF0126-300x225.jpg" alt="DSCF0126" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-2314" /></a></p>
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		<title>「縮重社会」で自治を再定義する(５)</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2309/</link>
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		<pubDate>Sat, 07 Feb 2026 01:23:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[「縮重社会」で自治を再定義する]]></category>

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		<description><![CDATA[「守る」とは何を意味するのか 「撤退＝敗北」と「地域を守る」ことが、日本社会では混同あるいは同一視されているように感じる。 特に「撤退」という言葉自体が、放棄や失敗、責任放棄と取られやすく、政策的にも正面から議論されるこ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>「守る」とは何を意味するのか</strong><br />
「撤退＝敗北」と「地域を守る」ことが、日本社会では混同あるいは同一視されているように感じる。<br />
特に「撤退」という言葉自体が、放棄や失敗、責任放棄と取られやすく、政策的にも正面から議論されることが忌避されているかのようだ。<br />
撤退を敗北とみなす立場は、撤退は軍事戦略を始め、災害適応や縮小都市論において、不可逆的条件下での能動的適応として正当化されてきた。<br />
防災政策の理論史では、かつては堤防強化や構造物整備による「防御」が中心であった。<br />
しかし、災害リスクの増大と不確実性の拡大により、被害回避を目的とする立地転換、すなわち計画的撤退(managed retreat)が合理的選択肢として正当化されており、撤重退は「守り続けることの非合理性を認識した上での適応」と位置づけている。<br />
近代以降の地域政策は、人口増加と経済成長のもと、インフラ拡張を前提とした「前進モデル」に依拠してきた。<br />
しかし人口減少と高齢化が不可逆的に進行する社会となった現在、このモデル自体が成立条件を失いつつある。<br />
存続を前提とした延命策を重ねることこそが、結果として自治体の持続性を損ない、住民生活の質を低下させる可能性がある。<br />
しかし縮重・縮退が続く地方自治体は、税源の不足が顕在化していても、公共機能や集落機能の縮退は、行政サービスの後退として否定的に捉えられる。<br />
だがそれは、暗黙のうちに地域は維持・拡張され続けるべき存在であるとの前提に立脚し、すでに成立しない時代条件に基づく価値判断の延命にすぎない。<br />
1970年代以降、環境制約や財政制約の顕在化に伴い「制御された縮小(<br />
controlled decline/managed reduction)」という発想が登場した。<br />
この潮流の中で、計画とは「拡大を設計する行為」から「不可避な縮小をいかに管理するか」へと役割を転換させた。<br />
縮小都市研究では、人口減少そのものを「失敗」と捉える立場を理論的に否定しており、無秩序に放置することが政策的失敗であり、縮小を前提に再編を行うことが計画の責務とした。<br />
この文脈において縮退・撤退を「自治の敗北」ではなく、計画の不在を回避するための積極的行為として再定義。<br />
地域を単なる居住空間と固定せず、その地域を存続させる「形態転換」であると捉え直した。</p>
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		<title>「縮重社会」で自治を再定義する(4)</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2306/</link>
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		<pubDate>Mon, 02 Feb 2026 00:47:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[「縮重社会」で自治を再定義する]]></category>

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		<description><![CDATA[過疎山村の撤退・縮退を「負債」にしないために かつて農村集落を支えていた仕事は、金銭で測れるものではなかった。 田の水を見に行くこと、道を直すこと、祭りを続けること。 それらは利他の精神から生まれ、農村社会の土台を静かに [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>過疎山村の撤退・縮退を「負債」にしないために<br />
かつて農村集落を支えていた仕事は、金銭で測れるものではなかった。<br />
田の水を見に行くこと、道を直すこと、祭りを続けること。<br />
それらは利他の精神から生まれ、農村社会の土台を静かに支えてきた。<br />
しかし高齢化率が50％を超える集落では、その前提が揺らぎ始める。<br />
役割を担う人が減り、共同作業は回らなくなり、集落自治そのものが機能不全に近づいていく。<br />
実際、ある自治体で複数の山村集落の人口動態をシミュレーションしたところ、2050年には「消滅」と判定された地区もあった。<br />
問題は、消えるかどうかではない。<br />
「さみだれ離村」が進んだ先に、何が残るかだ。<br />
人が去り、管理主体を失った墓地や神社は、やがて荒れ、忘れられていく。<br />
現場を見れば、それが机上の空論でないことは明らかだ。<br />
かつて祈りの場だった空間が、誰の責任でもなく朽ち、廃墟や“物見遊山”の対象になる。<br />
それは、地域が静かに負債化していく過程でもある。<br />
だからこそ重要なのは、縮小や撤退の是非を問う前に、<br />
何をどう守り、どう記憶するのかを、集団として決める機会を確保することだ。<br />
日本的な感覚において、先祖伝来の土地を離れることは「許されない選択」と感じられやすい。<br />
神社や墓地は簡単に移せず、結果として人のいない場所に取り残されることも多い。<br />
過去の集団移転跡地が、管理されぬまま放置されている現実は、その痛みを物語っている。<br />
だからこの議論の本質は、「縮小するか、移転するか」ではない。<br />
どのように土地との関係を再構築するかである。<br />
象徴的空間として残すのか。<br />
記録として継承するのか。<br />
定期的に訪れる「帰る場所」として関係を保つのか。<br />
たとえ撤退という選択をしても、その集落との関係を断ち切らない設計は可能だし、それこそが先祖への責任を果たす唯一の方法でもある。<br />
無言のうちに崩壊させないこと。忘却に委ねないこと。<br />
ここには、日本的倫理と計画的撤退が接続しうる余地がある。<br />
この意味で撤退とは、「土地から完全に切り離されること」ではない。<br />
それは、土地との関係性を編み直すプロセスだ。<br />
この再編が伴って初めて、計画的撤退は肯定されうる。<br />
そうした可能性を示した代表的な事例が、兵庫県丹波篠山市の丸山集落である。<br />
茅葺きの家並みが残るこの集落は、明治16年（1884）には11軒50人が暮らしていた。<br />
昭和30年代以降、仕事を求めて都市へ移る人が増え、2008年には5世帯19人、高齢化率約55％、12戸のうち半数以上が空き家という危機的状況に陥った。<br />
そこから丸山集落は、「再生か、消滅か」という二択を越える道を選ぶ。<br />
住民と外部団体による調査と学びを重ね、空き家再生に着手。<br />
2009年、「集落は家族である」という理念を掲げ、集落NPO「集落丸山」が設立された。<br />
放置家屋や遊休農地、荒廃山林を「個人財産」ではなく「共有資産」と捉え直し、相続者に代わって集落全体で協働管理する。<br />
それは、所有から関係へと発想を転換する試みだった。<br />
象徴的なのは、代表・佐古田直實氏の言葉である。<br />
「10年後に続けるかどうかは、次の世代に委ねたい」<br />
あえて組織に“終わり”を組み込み、継承できなければ崩壊しても致し方ないという覚悟を示した。<br />
それは楽観でも無責任でもない。<br />
「地域は必ず存続すべきだ」という呪縛から自由になるための、誠実な選択だった。<br />
地域は、無条件に存続し続けるべき存在なのか。<br />
公共施設は、必ず残さなければならないものなのか。<br />
こうした前提そのものが、人口縮小社会においては、改めて問い直されるべき対象である。<br />
撤退や縮退を「負債」にしないために必要なのは、消さないことではなく、関係を絶やさないことだ。<br />
そのための計画と覚悟こそが、これからの過疎山村に求められている。</p>
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		<title>「縮重社会」で自治を再定義する(3)</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2303/</link>
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		<pubDate>Sun, 01 Feb 2026 03:10:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[「縮重社会」で自治を再定義する]]></category>

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		<description><![CDATA[縮む地方社会と自治体のゆくえ 多くの自治体で深刻な事態は、総人口の縮小も大きいが生産年齢人口の急減です。 　生産年齢人口は、15歳から65歳と規定していますが、長寿化による高齢期の生活不安から、実際は70歳過ぎまで働き続 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>縮む地方社会と自治体のゆくえ</strong><br />
 多くの自治体で深刻な事態は、総人口の縮小も大きいが生産年齢人口の急減です。<br />
　生産年齢人口は、15歳から65歳と規定していますが、長寿化による高齢期の生活不安から、実際は70歳過ぎまで働き続ける高齢者が増加しています。<br />
　このそろそろ後期高齢者が働き続けるのは、目の前の暮らしが大変なことと将来の不安ですが、迎える雇用者側も働き手不足を補っている点でしょう。この当たりは雇用側は安価で働かせたい「外国人問題」と同根とも取れます。<br />
担い手不足となっている日本で「移民」は不可欠であり、その根拠となる法整備は必要ですが、一部政党が主張する「外国人問題」は、ただ根拠もない選挙パフォーマンスのように思えます。<br />
　<br />
　さて、縮重社会における市町村は、産業を支える人材不足が都市部より深刻で、従来の枠組みでは維持し得ない段階に突入しています。<br />
　そのために実際に求人募集は、年齢を問わないケースが増加し、70歳を超えて働く人も多いのです。<br />
　でも農林漁業は、80歳を超えても生涯現役として頑張っています。この方々が本当にリタイアしたら、輸入に頼るしか食料調達ができなくなるでしょう。</p>
<p>　地方自治体は、地方交付税や過疎対策、地方創生事業など、制度上は手厚く満たされているように見えます。<br />
　なのに全国の自治体で財政危機宣言が発出されているのでしょう？<br />
　つまり現実には全く不足する中での自治体運営しているのです。<br />
　地方交付税制度の「基本財政需要額 」の算定は、旧来の人口構造や国の財政基準に依存したままで、実際の現場で必要となるコスト増を十分に反映していなせん。この配分構造が問題なのですね。<br />
　この地方財政の困窮に対し、国は令和7年の年末に突然、東京都の懐に手を伸ばしました。<br />
　1都3県（東京・埼玉・神奈川）の人口は約3691万人。日本の総人口３割が、このエリアに集中しています。<br />
　さらに大企業のほとんどが、このエリアに本社機能を有しています。<br />
　人口だけではなく税収面でも東京一極集中しているわけで、「税収」が爆上がりするのは当たり前なんです。<br />
　東京都の税収は2025年6.9兆円。全都道府県で唯一、政府が算出する「標準的な経費」を自力でまかなえます。<br />
　独自施策に充てられる税金は、住民1人あたり28.1万円で46道府県の平均7.8万円と比べ約3.6倍であり税収格差が拡大しています。<br />
　そこで政府・与党から東京都の地方法人2税 や固定資産税の一部を地方に回す案が出てきたのです。<br />
　しかし、この案は地方税の付け替えでしかなく、地方自治体の財源不足を補う抜本的な改革とは言えません。<br />
　地方自治体の財政は、国からの交付金や様々な助成で賄われており、いわゆる<strong>「三割自治」</strong>が実態です。<br />
　ゆえに某市が「ふるさと納税」問題で楯突き、国との関係が悪化したように、国の言うことを聞かないと、どのような仕返しがあるか分からない。<br />
　律令国家の時代から歴史的に日本の自治権は、国家が中心に位置し、自治体はその下位に配置され、さらに地区や集落はその下に置かれて居るのです。つまり自治体が国家政策に対して、独自の判断や拒否を行うことは「畏れ多い」ことと言うわけ。<br />
　当然、国家公務員も「自治体は国の行政組織の一形態」として考えています。<br />
　一方で、地方自治体の首長や議会、職員、さらに住民まで「お上」には逆らわず、天からの下賜に頭を垂れ唯々諾々と従うことが安心・安全で平和だと思う傾向もあります。<br />
　ただ現在、心配なのはその狭間に堕ちた自治体職員の構想力・企画力が落ちていることが、とても気がかりです。</p>
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		<item>
		<title>「縮重社会」で自治を再定義する(2)</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2299/</link>
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		<pubDate>Sat, 31 Jan 2026 07:18:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[「縮重社会」で自治を再定義する]]></category>

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		<description><![CDATA[しばらくは、ちょっと難しい話をしていきます。 人口減少下の地域再編が都市計画・経済効率・空間再編の観点から主たる先行研究は「縮小」を扱っているのに対し、ここでは、自治体制度と住民自治の相互作用に焦点を当て、農山漁村におけ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>しばらくは、ちょっと難しい話をしていきます。<br />
 人口減少下の地域再編が都市計画・経済効率・空間再編の観点から主たる先行研究は「縮小」を扱っているのに対し、ここでは、自治体制度と住民自治の相互作用に焦点を当て、農山漁村における集落機能の「戦略的縮退」を自治の再構築過程として書きます。<br />
　また既存研究の縮退都市論 (スマート・シュリンキング )がインフラ再編や土地利用の最適化、コンパクト化といった空間的合理性を中心とした議論に対し、ここでは自治体が「どの機能を、どの主体の合意のもとで、どの順序で手放すのか」という政治的・制度的意思決定過程そのものを分析対象としており根本的に異なります。<br />
　さらに人口減少を所与の条件としている既存の縮退論が、「管理された維持」や「効率的存続」に帰着しがちであるのに対して、ここでは制度上「存続」を前提とする日本の自治体政策が縮小局面となり、構造的に齟齬を来している点を捉えながら、住民発意に基づく機能縮退・再編を自治体の正当な政策選択として位置づけています。<br />
　加えて、社会的イノベーション論が成功事例の提示に留まりがちであるのに対し、ここでは「撤退」という概念が、日本社会で忌避されてきた文化的・規範的背景を掘り下げるとともに、撤退を敗北や放棄ではなく、自治の持続性を担保するための能動的・倫理的選択として再定義していきます。<br />
　これは国主導の画一的縮小政策ではなく、自治体ごとの歴史・文化・生業に根ざしたオリジナルな戦略によってのみ、人口減少社会における持続可能な自治が成立し得ることを示唆するモノです。<br />
************************<br />
  日本は2004年12月の1億2,784万人を総人口のピークに、毎年減少を続け、2024年4月1日の総人口は１億2,400万人となりました。<br />
　特に出生数の歴史的低下で「縮重構造」に直面しており、日本の人口は、何の対策も講じなければ2060年には8700万人と現在の3分の2となってしまうと予想されています。<br />
　さらに都市圏への人口移動が終息しない場合は、<strong>4分の1以上の地方自治体が消滅</strong>してしまう事態が以前より想定されているのです。人口減少と財政制約が、同時進行する地方自治体は、都市計画や行政効率などで再編など夢物語のような危機的状況なのです。<br />
　世界でも最先端に縮重社会とも言える地方は、自治そのもののあり方を問い直すことが重要になってきました。<br />
　これまでの縮退都市論やスマート・シュリンキングは、インフラの集約や土地利用の最適化といった空間的合理性の確保を中心に議論を積み重ねてきました。ですが、こうした議論は自治体がどの公共機能を維持し、どの機能を手放すのかという意思決定が、どのような主体による合意形成がなされてきたかという、制度的・政治的側面を十分に射程に収めてきたとは言い難いのです。<br />
　次章では日本の自治体制度が歴史的に「存続」を前提として設計されてきた点や諸外国の縮小を前提とする再編を紹介しつつ、住民自治と自治体制度の再構築過程として捉える理論的枠組みを提示していきます。<br />
　人口縮小局面において制度的前提が、今、緊張や限界を生じさせています。<br />
　そこで機能の縮小や公共サービスの撤退を、自治体の放棄ではなく、自治の持続性を確保するための戦略的かつ倫理的選択として位置づけ、住民発意に基づき正当化され得るのかを記述します。<br />
　以上、本章では、縮退都市論、社会的イノベーション論、ならびに日本の自治体制度研究を架橋しながら、農山漁村地域を主な対象として、縮むことを前提とした自治体再編の枠組みの理論的基盤を構築します。これにより<strong>国主導の画一的縮小政策とは異なる、自治体ごとの歴史・文化・生業に根ざしたオリジナルな再編戦略の可能性</strong>を導き出したい。</p>
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		<item>
		<title>「縮重社会」で自治を再定義する(1)</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2295/</link>
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		<pubDate>Fri, 30 Jan 2026 01:17:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[最近、自分の住んでいる街で「あれ？」と思うことはありませんか？ 古くなった道路の工事がなかなか始まらなかったり、近所の公共施設がひっそりと閉鎖されたり。 いま、日本中の自治体が「人口減少」と「お金の不足」という、かつてな [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>最近、自分の住んでいる街で「あれ？」と思うことはありませんか？ 古くなった道路の工事がなかなか始まらなかったり、近所の公共施設がひっそりと閉鎖されたり。<br />
いま、日本中の自治体が「人口減少」と「お金の不足」という、かつてない二重苦に直面しています。 私たちは、これまで当たり前だった「右肩上がりの成長」から、どうやって賢く、誇りを持って縮んでいくかという「縮重社会（しゅくじゅうしゃかい）」の真っ只中にいます。<br />
特に農山村では、状況はより深刻です。 草刈りや水路の管理、お葬式の助け合い……。 そこには「住む場所」だけでなく、守るべき「暮らしの仕組み」があります。 でも、それを支える人がいなくなれば、集落は維持できません。<br />
そんなとき、多くの政策は「どうにかして存続させよう」と、無理な延命策を繰り返してきました。 でも、本当にそれでいいのでしょうか？</p>
<p>なぜ私たちは「やめる」のが苦手なのか<br />
実は、日本人にとって「自治（自分たちのことは自分たちで決める）」という感覚には、独特の歴史があります。<br />
ヨーロッパでは、自分たちの暮らしを守るために戦って勝ち取った「権利」が自治でした。 でも、日本では古くから、自治は「お上（国）」から与えられた役割、という感覚が強いのです。<br />
そのため、私たちはどこかでこう思ってしまいます。 「行政サービスは、国や市が平等に与えてくれるのが当たり前だ」<br />
だからこそ、バスの路線が廃止されたり、施設が統合されたりすると、自分たちが「切り捨てられた」とか「負けた」と感じてしまう。反対運動が起き、決断は先送りされ、結果として地域全体が共倒れになっていく……。そんな光景が全国で繰り返されています。</p>
<p>「撤退」という名の、前向きな選択<br />
私はここで、あえて「撤退」という言葉を使いたいと思います。 でも、それは決して「逃げ」や「放棄」ではありません。<br />
「何を大切にし、何を次の世代へ繋ぐために、どの機能を手放すか」<br />
それを住民自らの意思で決めること。 これこそが、本当の意味での「自治」を取り戻すプロセスではないでしょうか。<br />
これまでの専門的な議論は、「いかに効率よく街をコンパクトにするか」という地図上の数字の話ばかりでした。 でも、本当に必要なのは「誰が、どの順番で、どう納得して決めるか」という、もっと泥臭くて、血の通った話し合いのはずです。</p>
<p>自分たちの物語を、自分たちで描く<br />
国が決めた一律のルールに従う必要はありません。 その土地には、その土地だけの歴史があり、文化があり、暮らしがあります。<br />
「縮む」ことは、消え去ることではありません。 大切なものを守り続けるために、不要な重荷をそっと下ろす。 それは、私たちが尊厳を持って生き抜くための、クリエイティブな戦略です。<br />
「いつかなくなる」ことを恐れるのではなく、「どう畳んで、次に繋ぐか」。 そんな、新しい自治の物語を、皆さんと一緒に紡いでいきたいと思っています。</p>
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		<item>
		<title>農村自衛隊に思う</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2292/</link>
		<comments>http://tiiki-saisei.jp/2292/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 16 Jan 2026 00:43:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[私がこのタイトルを思いついたのは地域おこし協力隊制度が発動した次の年だった。 現在考えられている制度とは違うが、とにかく過疎農山村の農業農村を守るにはどうしたら良いかと考えた1つのアイデアであった。 思いついたら行動する [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>私がこのタイトルを思いついたのは地域おこし協力隊制度が発動した次の年だった。<br />
現在考えられている制度とは違うが、とにかく過疎農山村の農業農村を守るにはどうしたら良いかと考えた1つのアイデアであった。<br />
思いついたら行動する。<br />
総務省は個人を送り込む制度。農水省は団体で送り込む制度ができないか。<br />
困った地域に集団で送り込みには、基本的な農業を学ぶ必要がある。<br />
そこで目を付けたのが都道府県にある「農業大学校」であった。<br />
当時、農業大学校は定員に達していない赤字経営で農地も余っていた。<br />
自衛隊の拠点はここにしよう！<br />
自衛隊員だけで無く一般もごちゃまぜにした一個小隊(20～50人)として、分隊で派遣する。<br />
そんな感じで資料作成をして、意気揚々と農村政策に持参し、当時の課長に提案した。<br />
だが「自衛隊って言葉が引っかかる」の一言で、中身を吟味せず日の目を見ることがなかった。<br />
そんな没ネタが10年以上経過してよみがえるようだ。</p>
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