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		<title>改めて地域再生を考える14－地域を救える観光とは(2)</title>
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		<pubDate>Tue, 21 Jul 2026 03:09:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[たび談]]></category>
		<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[地域活性化では観光振興一本槍、しかもインバウンド観光に過度に傾斜している感じがしてなりません。 国は観光を地域経済・日本経済の発展をリードする「戦略産業」と位置づけ、2026年度から2030年度までの5年間で訪日客数60 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>地域活性化では観光振興一本槍、しかもインバウンド観光に過度に傾斜している感じがしてなりません。<br />
国は観光を地域経済・日本経済の発展をリードする「戦略産業」と位置づけ、2026年度から2030年度までの5年間で訪日客数6000万人(旅行消費額15兆円)を掲げ、「インバウンドの戦略的誘客と住民生活の質の確保」、「国内交流・アウトバウンドの拡大」、「観光地・観光産業の強靱化」を施策の柱として、地方誘客やリピーターの増加など地域への観光分散や効率的な誘客を図るため、多様な取組に向けて目標設定しています。<br />
観光は定住人口を交流人口で補完すると政府は言いますが、地域の担い手が決定的に不足しています。<br />
今さら指摘するまでもなく、日本は深刻な人口減少社会となっています。残念なことに日本の人口は今後増加しません。<br />
地方の人手不足はどのように生み出すのでしょうか？</p>
<p>■補助金依存の地方観光では未来が見えない<br />
観光庁の2026年度「観光庁関係予算」1383億円の内訳では、主要事業の補助事業の比率が極めて高く、その補助要件にインバウンド観光に資することを旨とすることが、地方の観光振興において目先で狭い対応・対策となっている。<br />
民間だけでは稼ぎが少なく不安定な観光に対し、国がその公的支援で力を入れることは良いことですが、地方自治体や企業、団体が頼りすぎる補助金漬けの依存体質にしてしまう懸念があります。<br />
国が旗を振ることで倍々ゲームの予算措置がされるようになりましたが、一方で事業が乱立し、どの事業が地域にとって効果が発現するか自治体も迷走しています。また補助金獲得が上手い自治体と地域の実情を表現できず補助金が取れない自治体間の格差も生まれており今後の課題となるでしょう。<br />
　同調性が極めて高い日本人の性格は自治体にもあり、俯瞰する目でなく「隣は何をしている」目線の施策が多く、金太郎アメのような観光振興が全国津々浦々に拡がっています。これはコンサルティングする専門家の問題でもありますが、単なるアイデア勝負ではなく、交流や文化を通して持続的な価値を生み出せるか、ふるさとと感じる心地良さを観光客に、どのように見せ体験させるかがポイントとなるでしょう。<br />
■お裾分けは高齢者が主役で<br />
現在のサービス社会では、消費者が高い価格を出してもと思わせることが重要です。<br />
それには「企まない企み」を忍ばせる計算高さと、来訪者にお裾分けするボランティア精神を融合させた企画を造成する技術も必要です。<br />
田舎ツーリズムは、受入側と来訪者の壁をなくし、親密で濃密な関係を構築していくことがベストですが、地域の風土を強烈に印象づけることもキーになります。<br />
観光の担い手がいないと嘆く地域は、周りを眺めてください。一番の地域資源である高齢者がゴロゴロいるじゃないです。<br />
地元の高齢者たちは世界でも唯一無二の存在です。これこそ地域オリジナルであり最大の強みなのです。<br />
　資金力で派手なイベントや仕掛けができないエリアでも、高齢化した地域には知恵や歴史、技で卓越した高齢者がたくさんいます。つまり高齢化エリアならではの観光振興が十分できるわけです。「高齢化」をチャンスに変える試みや発想が地域社会を持続させる原動力になるのです。<br />
■稼ぐのではなく地域を創る高齢者観光<br />
　多くの自治体が観光で外貨を稼ぐことに躍起になっていませんか？<br />
　高齢者を単なる福祉の消費者、要介護者とみていませんか？<br />
今、シルバー人材センターの登録者が減少しています。その要因は民間就業先が増加したり再雇用制度が充足してきたこともありますが、仕事内容のミスマッチが大きいように思えます。センターからの依頼は、除草、清掃、管理、受付、家事援助などの軽易・短期業務が中心です。金銭や労働条件が働く上では重要ですが、高齢者は、生き甲斐を求めたり、地元に貢献したいとする方もいます。<br />
ゲームチェンジのときが来ました。<br />
田舎の観光を「お金を稼ぐ手段」ではなく「社会をつくる手段」に変えていきましょう。まずは「観光で何を変えるのか」という視点を持ちましょう。<br />
観光客の増加を追い風にできるかどうかは、人材確保と省人化の両立にかかっていますが、田舎は都市以上に観光人材不足です。その中で「誰が支えるのか」という課題は避けて通れないテーマです。<br />
その人財のギャップを高齢者の皆さんに埋めてもらうのです。高齢者が多い地域は最大の資源であり人材です。その有益な素材に合った観光の形を作るのが現実的です。<br />
地域のお年寄りが有する智恵や経験は、観光でも大きな戦力となります。大量集客型イベントはできませんが、農山漁村観光を志向する来訪者に、少人数で満足度の高い観光を施すことができるでしょう。<br />
高齢者が多い地域は、逆にシニア旅行者に優しい地域づくりと相性が良いです。もともと「移動しやすさ」「休みやすさ」「不安が少ない環境」が求められバリアフリー化が進んでいるでしょう。それはひいては、シニア旅行者や子連れ、障害のある方、外国人にも選ばれやすくなるはずです。<br />
現在、公共の移動手段が少ないエリアであれば、路線や停留所、運行時間の見直しで、生活者と来訪者が使いやすい環境を、観光振興とリンクさせることや小型送迎車や予約制乗合交通を用意することで生活者にも利することになります。<br />
高齢者が動くということは自身の健康にもなります。でも長距離・長時間は歩けない。ならばベンチを用意しましょう。トイレ環境も良くしましょうなど、高齢者を受入主体にすることは、暮らしている方々にも様々にメリットが出るわけで、高齢者が受入主体になることは「地域に貢献する観光になる」ということです。<br />
■高齢者が生き生きしている地域は魅力に感じる<br />
高齢者が観光を仕事として動いていると見えれば、ここは安心して過ごせる暮らせる地域なんだとの認識が拡がるでしょう。「なにか時間がゆっくり流れてる」なんて感じさせれば、その高齢者観光は成功です。<br />
　人に優しい地域としての価値を見せれば、必ず幅広い層に響きます。単にシティプロモーションと称して、どこぞのPR会社に委託するなど愚の骨頂です。そんな財源があるなら、地域の暮らしに資することに金を使いましょう。<br />
もう行政の「やってるパフォーマンス」で税金を遣うのは止めましょう。情報発信で実態以上に膨らませない。特別な観光資源がなくても「普通の暮らし」は来訪者にとって非日常の魅力になるのです。高齢者の知恵や人生経験を体験価値に変え、若者たちがその足跡を辿れるようにしましょう。<br />
　しかし高齢者だけで企画・発信・予約対応まで担わせることは負担が大きく拒否されるでしょう。そこで必要なのが若い移住者や地域おこし協力隊員、地域に興味を持つ大学、それにデジタルに強い外部の人や連携できる民間事業者とのコラボが必要となるでしょう。<br />
仕掛ける上の注意点は高齢者に過度な負担をかけないことやボランティア頼みで終わらせないこと。後継者や運営人材を育て、持続させる原動力とすることが重要となります。<br />
高齢者に偏る観光振興では、若さや派手さで勝負できません。ポイントは高齢者の知恵を価値化することや少人数でも高付加価値型にする、安心・快適な受入環境を整えることが大切です。<br />
　淡路島でパソナが浮遊層向けに、生活習慣や体調の改善を目指す長期滞在型の施設「ザ　パソナ・ネイチャーバース・リトリート」を開業するというニュースが飛び込んできました。30泊で1室410万円からの部屋には全室に天然温泉を備えているといいます。<br />
　再出発の旅は始まります。パソナのような豪華絢爛な施設はできませんが、真逆でも「ここに自分の居場所がある」と感じさせる観光振興を進めましょう。</p>
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		<title>改めて地域再生を考える13－地域を救える観光とは(1)</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2356/</link>
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		<pubDate>Tue, 21 Jul 2026 03:08:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[たび談]]></category>
		<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[爆買いで日本に訪れていた中国人は、最近国内旅行にシフト。農村旅行や文化体験旅行が大流行しています。現状は中国人客が減っても他国のインバウンド客が穴を埋めていますし、相変わらずオーバーツーリズムは解消されていません。政治的 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>爆買いで日本に訪れていた中国人は、最近国内旅行にシフト。農村旅行や文化体験旅行が大流行しています。現状は中国人客が減っても他国のインバウンド客が穴を埋めていますし、相変わらずオーバーツーリズムは解消されていません。政治的理由から日本への旅が縮小したのが一番の要因ですが、ゴールデンルートは明らかに飽きられているのです。<br />
では地方はその代りになるでしょうか？<br />
政府はこのオーバーツーリズム解消のため、地域へ農山漁村への誘導を行っています。<br />
しかし全国どこでも通用する「豊かな景観や食、文化」を謳うだけで、地域のオリジナルを伝えられていません。これでは訪日客が選択できない状況であり、全国津々浦々への恩恵にはほど遠い状況です。<br />
地方創生がパッとした成果を上げられず、政府は観光振興に旗を持ち替えました。<br />
元々、山村地域は「疎」ですが「世界文化遺産」級の塊です。とてつもない宝が日常や当たり前の中に埋もれています。ところが自地域の強みを軽視しているか、理解していないためメニュー化できていないのです。<br />
ゆえに自分たちのアイデンティティは何か？歴史的風土をはじめとする資源は何かを再度学ぶことが大切になります。</p>
<p>■地域活性化の前に地域の目覚ましが必要<br />
政府は「訪日客数6000万人・観光消費額15兆円」を2030年の大目標に掲げています。<br />
消費額15兆円は為替変動で達成するかも知れませんが、逆に消滅する可能性だってあり得る不安定なものです。<br />
新たな観光立国推進基本計画では、2030年の目標としてリピーター4000万人の獲得と地方部での宿泊1.3億人泊が追加されました。すでに2025年のリピーター比率は約65％に達しており目標が達成する模様ですが、訪日客の地方分散は中々進捗しないのが現状です。<br />
インバウンドが持続可能な地域貢献に資するか、その最大の課題は地域に多様な人材が不足していることです。<br />
従来から地方における重要テーマは宿泊で、その受け皿として「農泊」を推進していますが、課題は地域の受入体制と地域のキャパシティでしょう。<br />
地域再生を成し遂げるには、「人」と「仕事」の新しい循環を創り出す必要があります。<br />
全国で900万戸に達した「空き家」は、一見すると地域の重荷ですが、視点を変えれば国内外の観光客を受け入れるための最大のインフラとなります。ところが地元で一歩を踏み出す方々がいません。<br />
悲しいことに大半の方々は「ねむり姫」のように、王子様を待っているだけ。誰かが助けに来てくれるまで動かずにいるメルヘンな世界の住人になっているのです。<br />
受動的な地域に助けは現れません。大切なのは、住民自身が「ここには何もない」「不便で辺鄙なところだ」と卑下しないことです。<br />
前回書いた栃本は外に開くことで変化しつつあります。そんなソトモノを受け入れる寛容さが住民に求められます。地元では当たり前すぎて気づかない価値を、外の視点を借りて再発見してみましょう。<br />
「こんな田舎に良く来るね」という言葉を発するのではなく、地元に居住する方々が、人を呼び寄せる「花」になることです。移住者を迎え入れるための具体的な準備をしてみましょう。<br />
■ここは僕たちの居場所<br />
ポール・マッカートニーが最新アルバム『ダンジョン・レインの少年たち』の中で、『Home to Us』（僕たちにとってのホーム／故郷）で故郷リバプールのことを“大したものじゃないと言われても仕方のない場所だった。けれど、僕たちにとってはそこが「ホーム」だった。そこが僕たちの居場所だったから”と歌っています。<br />
そうなんです。ポールにとってリバプールは、最高に愛すべき『故郷』だったのです。<br />
皆さんが生まれ育った「ふるさと」が痛んでいます。<br />
国民の命を支える食料を生み出す農村は、もはや住民だけでその機能を維持することには限界がきています。だからこそ、既存のコミュニティの壁を少しだけ低くし、外からの風を受け入れる「寛容さ」が不可欠なのです。</p>
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		<title>改めて地域再生を考える12-子育て・教育を考える</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2354/</link>
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		<pubDate>Tue, 21 Jul 2026 03:07:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[出生率0という地方自治体が出てきました。 東京都のように財政が豊かな自治体は、多様な子育て、教育の手当ができるため、バキュームのように人を集めています。一方で、少子化や小母化、高齢化が進む地方は社会も経済も縮小し、要介護 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>出生率0という地方自治体が出てきました。<br />
東京都のように財政が豊かな自治体は、多様な子育て、教育の手当ができるため、バキュームのように人を集めています。一方で、少子化や小母化、高齢化が進む地方は社会も経済も縮小し、要介護地域が増加しています。<br />
　2025年国勢調査によれば、中国地方5県の総人口は、埼玉県(729万人)より少ない状況です。国内全体の人口減問題(問題ではないとする識者もいる)は、市町村どころか県レベルでも解決できない課題であることは明らかです。<br />
　子供を産むという環境を地域で、どう創るか、生まれた子どもたちを地域でどのように育んでいくかも大切です。その子育てのメインは幼保育園や学校ですが、大切なのは「おせっかい」なおばちゃんも含め、自治会という共同体が健全であることが重要です。</p>
<p>■廃園・廃校が地域を衰退させる<br />
　日本の小中学校数は、第二次ベビーブーム世代（いわゆる団塊ジュニア）が卒業した昭和50年代後半から減少に転じ、「平成の大合併」(2000年代)を機に統廃合が加速しました。昭和55年(1980)に小中学校は35,737校で、児童生徒数は過去最多。全国のどこにでも「地域の学校」が存在していました。<br />
　それが転換したのは「平成の大合併」です。市町村合併に伴い、周辺部の小規模校の統廃合が急速に進みました。因みに議員数は中々減らなかったという黒歴史が同時に存在しました。<br />
　毎年400校を越える閉校で、平成末期には小学校数がついに2万校を割り、過疎地以外でも統廃合が日常化していきました。令和6年では平成元年(1989)と比較し、約7,600校（21.7%減）の学校が消滅という事態になっています。<br />
　まちむら交流機構と共に廃校活用調査を始めて、10数年が経過しましたが、調査当初と比べ、昨今の活用方法は千差万別で、地域で様々な取組が熱心に行われています。<br />
　残念ながら本年3月末に調査してきた「廃校活用サイト」は諸般の事情により閉鎖となり現在は閲覧できませんが、2000校を越える活用事例は一つ一つ現場に伺い、直接話を聞いたり、意見交換、場合によれば悩み相談まで行ってきました。<br />
行政の課題は未利用施設をどうするかが一番の課題で、全国の現存廃校の約20％が用途未定のまま塩漬け状態にあることでした。未利用校舎でも維持費は発生し、自治体財政を圧迫しているものの、転売もできず高額な除却費も捻出できない事で頭を痛めているわけです。現在の活用率(約75％)が維持されたとしても、毎年100校以上の未利用廃校が積み上がる計算となります。<br />
■ＰＴＡが解散するとどうなるか<br />
人口減少が顕著な農山村では、学校が消えることはPTAが消え、子ども会が消え、地域活動の拠点がなくなることがイコールです。そしてそれは後々、地域の大切な社会活動に影響を与えます。<br />
ところが現在、学校が存在しながらPTAへの未加入とか役員のなり手不足を背景に、解散するところが相次いでいます。長野県PTA連合会の調査によれば、2021年度以降5年間で解散したPTAは少なくとも長野市、松本市、安曇野市、木曽郡王滝村の4市村にある計13校の11団体に上るそうで、この動きは全国でも同様のケースが増加しているのです。<br />
PTAの解散後に登録制のボランティア組織を立ち上げ、保護者による学校への関わりを再構築しようとする動きもあり、埼玉県や岡山県では県PTA連合会すら解散するに至っています。その要因は、夫は会社で専業主婦という昭和のPTAモデルが放火したことが大きいですが、少子化する地方では、行事が昔のままで役員の負担が増していることが原因です。<br />
　PTAが誕生した戦後は教室整備や備品購入、教育への要望が重要な任務でした。また本来任意団体でありながら、我が子が学校に入れば、PTAは加入するものとの認識がありました。もちろん当時から役員の押し付けはありましたが、子どもが世話になっていることから引き受けたこともあります。<br />
　ところが現在は、学校運営協議会なるものが存在し、PTAはイベント動員ばかりという運営も多く、「PTAでなければできないこと」が見えにくくなり、若い世代ほど違和感を持つようになっています。<br />
PTAの消滅は都市部ではあまり問題視されませんが、農山村ではかなり大きな打撃になります。今でも田舎では運動会に夏祭り、資源回収、通学路整備ほか様々な行事でPTAが主体で頑張っており、地域と学校の関係が密接だったのです。<br />
　私も経験しましたが、PTAは自治会活動の「子ども会」とイコールで、「地域デビューの入口」でもあります。つまりPTAがなくなると、若い親が自治会に接続されなくなるのです。そしてPTAが消えれば、自治会と学校の接点が希薄になるのです。<br />
　だいたいPTA役員から消防団、そして自治会役員、さらに議員が出世ルートかもしれません(笑)<br />
　過疎地はもっと悲惨です。先に学校が消えるため、当然PTAは消滅します。そうなると地域の祭りほか、今まであった行事もセットで霧散するのです。<br />
　子ども会の衰退はPTAより衰退しています。全国子ども会連合会の会員数は、1980年代には800万人超でしたが、近年は200万人台まで減少し、40年で約4分の1となっています。<br />
ご理解いただけるように、PTAと自治会の課題は同根であり、PTAや自治会加入率低下と連動しているのです。廃校問題も単なる施設問題ではなく、その本質は地域共同体の縮退・喪失問題と重なっている組織疲労と言えるでしょう。<br />
PTAや子ども会の衰退は、単なる教育問題ではなく「共同体の継承装置が失われている」と捉えることが今後、重要となります。<br />
親や住民が「子どもは地域全体の財産である」<br />
つまりPTAも子ども会も本来は「総有組織」という前提で支えてきたことが分かります。そのボランティアに行政は甘えてきた結果でもあり、これからは「子どもを地域全体で育てる新しい総有の仕組み」を再設計することです。</p>
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		<title>改めて地域再生を考える11-(後編)栃本ふるさとプロジェクト</title>
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		<pubDate>Tue, 21 Jul 2026 03:06:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[出生率0という地方自治体が出てきました。 出生率が実質ゼロの社会になると、すぐに社会が止まるわけではないですが、労働力や消費力、自治体の税収減、医療や介護、地域防災の支え手減少など、社会を支える仕組みが崩れていくのです。 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>出生率0という地方自治体が出てきました。<br />
出生率が実質ゼロの社会になると、すぐに社会が止まるわけではないですが、労働力や消費力、自治体の税収減、医療や介護、地域防災の支え手減少など、社会を支える仕組みが崩れていくのです。この圧力からは誰も逃れられません。出生率ゼロ社会は、支える人がいなくなるのに、支えられる必要のある人の比率が高まることが、人口減少より問題なのです。<br />
気づかないで人生を終える人は幸せかもしれません。<br />
「面白きこともなき世を面白く」と死の間際で高杉晋作は言いました。地域を持続させたいと思うなら、お住まいの地域のことに関心を向けてください。<br />
手遅れになる前に皆で何ができるか人任せにせず考えて行動しませんか。</p>
<p>■栃本ふるさとプロジェクト<br />
栃本は現在、村人だけで総有を維持する段階から“村人＋関係人口”で総有を維持する段階へ移行している最中と言えます。<br />
2015年から始まった 栃本ふるさとプロジェクト が地域住民と連携しながら空き家再生や交流事業を進めています。<br />
プロジェクトの理念は「あなたのふるさとをつくる」です。 ここでいう「ふるさと」は出生地ではありません。<br />
栃本を訪れた人が、畑を耕す、山を歩く、地域住民と交流する、ワインを育てることで、自分自身のふるさととして関われる場所を創ろうという考えです。<br />
　私がイベントで訪れた時、何人ものお手伝いが都内からやってきていました。機能不全に陥った集落を移住者や外部人材が補い始めているのです。<br />
通称「栃ふさ」プロジェクトの開始当初から、標高約750mの斜面の畑を開墾し、ピノ・ノワールやカベルネ、シャルドネなどを栽培するワイン・プロジェクトを中核事業としました。参加者が剪定から収穫までの作業を行うことで、山村との関係づくりの復活を目指しています。<br />
また栃本で最初の民宿であった場所を民泊「甲武信」として再生、さらに古民家を改修した栃本旅籠「空」を開業しました。これは宿場町であった栃本の再現であり、単なる宿泊施設ではありません。<br />
宿の再生はイコール交流の再生ということで、滞在してもらう仕組みとして、茶摘み（秩父栃本茶として加工販売）や蕎麦打ち、山菜・キノコ採取、 沢登りなどの体験メニューによる関係人口づくりを企画。手づくりで栃本キャンプ場「森と空」も完成、そこに滑り台を設置し終えた段階です。<br />
ここで重要なのは「消費する観光」ではなく「参加する関係人口」を増やすという考え方を貫いている点でしょう。<br />
さらに地域住民の憩いの場として、「ふるさとてらす」や「栃ふさかふぇ もくもく」など飲食・交流拠点の整備、湯屋「月」という公衆浴場を整備する徹底ぶりで、栃本集落と共に再生へ動き出したのです。<br />
これらの取組は従来の「地縁共同体」だけではなく、関係人口を含めた新しい共同体への移行とも言えるでしょうし、地元紙共有林の木材を活用するなど、昔の入会地管理に近い側面があります。<br />
　こうしたことから、栃本は単なる衰退事例ではなく、日本の山村が今後向かうであろう「自治会の次の形」を先取りしている可能性があります。<br />
どうしたら「観光」でもないのに訪問したくなる地域を創るか。「地域資源の再生」というより「共同体の再生」を目指す「栃ふさ」は、その入口に立っている段階です。<br />
その成否はまだ見えていません。しかし自治会の存続そのものではなく「栃本の山や墓や祭りを、自分ごととして引き受ける人を地域内外からどう増やせるか」という課題を解決したときにおのずと見えてくると思っています。<br />
「栃ふさ」の取組は、地縁共同体が衰退した後、関係人口共同体が本当に次の担い手になれるのかとの問いに対し、「自治体の後に来るもの」として全国でも珍しい社会実験を続けている場所なのかもしれません。</p>
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		<title>改めて地域再生を考える10-秩父市栃本地区(前編)</title>
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		<pubDate>Tue, 21 Jul 2026 03:04:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[地元集落や行政だけでは、山林や農地が維持できない状況になっています。6で「関係総有」という概念を書きましたが、ここは流域の下流にある都市部が、自分たちの「水」を守るために一肌脱ぐことが大切です。 　横浜市は山梨県道志村の [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>地元集落や行政だけでは、山林や農地が維持できない状況になっています。6で「関係総有」という概念を書きましたが、ここは流域の下流にある都市部が、自分たちの「水」を守るために一肌脱ぐことが大切です。<br />
　横浜市は山梨県道志村の山林を所有し、水道局職員が常駐しています。横浜が機能するためには絶対に必要な水源であり、道志村とも良い関係を築いています。<br />
　横浜市の場合は水源林を所有する形になっていますが、関係総有とする形が、今後の可能性を開くと考えます。<br />
　水資源の基となる山林を「シェアリング」し、都市と地方で一緒に守る「利用の総有化」は、単に都市の方にお金を出してもらうのではありません。外部の賛同者がコミュニティの輪に加わり、会話の中で課題を共有していけるし、地域に不足する人材やノウハウの提供も得られるメリットがあるのです。<br />
■秩父市大滝栃本地区の事例（前編）<br />
栃本は単なる山村ではありません。戦国時代から甲州・信州と武州を結ぶ交通の結節点として、関所が置かれ江戸防衛上の重要な監視拠点でした。現在の過疎集落という姿からは想像できませんが、昭和中期までは奥秩父経済圏の重要拠点でした。さらに山岳信仰の中心である 三峯神社への参詣道の宿場として栄えた場所であり、江戸後期になると関東一円に「三峯講」が形成されていました。<br />
三峯神社は狼信仰で有名で、多数の講中が毎年参詣しています。その参詣者は秩父側から登る際、栃本周辺を通過することが多く、栃本は宿場・休憩地・物資補給地として機能していたのです。<br />
かつて三峯神社は広大な神領を持ち、山林管理や木材利用に大きな影響力を持っており、栃本の住民は山仕事や参詣者対応、神社までの荷運び、さらに参詣者の宿として秩父往還沿いには民宿や旅籠が並び、神社経済圏と深く結びついていました。<br />
つまりこれが、現在の栃本地区の衰退を考える上で重要です。<br />
地域史料の分析では、江戸後期の栃本村は、100～150戸程度で人口は 500～800人程度であったと推定されています。現在は、世帯数：約30～40世帯。人口：約50～80人程度で、江戸時代から比べると人口が約9割減少した集落であり、かつ高齢化率も非常に高くなっています。<br />
集落内には空き家も増え、かつて営業していた民宿群の多くは廃業しています。昔の国道140号は栃本集落内を通っていますが、普通自動車一台しか通れない狭隘な道で、バイパスやトンネル整備によって、主要な往来は無くなり、通過する人が消滅しました。参詣も徒歩から車移動に変わり、日帰りとなったこと。1960年代以降、輸入材自由化によって国産材価格が急落。林業の衰退で山仕事が消え、それに伴い若者が、秩父市街や埼玉県内、東京へ流出しました。<br />
■栃本集落は消えていない<br />
　人口減少は単に人数の問題ではありませんでした。<br />
例えば宿を営むには布団干し、食事準備、送迎、掃除など家族労働が必要です。ところが子どもの流出で、高齢夫婦のみになると宿経営そのものが不可能となったのです。<br />
　実は最大の問題は宿が消えたことではありません。宿が消えることで、かつて宿が担っていた情報交換や婚姻ネットワーク、様々な交流、そして若者育成や域内産業での雇用まで消えたことです。<br />
つまり宿は単なる宿泊施設ではなく、共同体のハブだったのです。<br />
ですが集落そのものは消えていません。<br />
まだ山林や水利、墓地さらに神社と祭礼は存続しているからです。これは地域の「共有財産」とも言えます。<br />
言い換えれば、栃本は「自治体より先に存在し、自治体が弱っても残ろうとしている総有共同体」があると見ることができるわけです。<br />
栃本を詳しく追うと、三峯信仰圏・山林利用権・講組織が重なり合う独特の共同体構造が見えてきます。これは「自治体の後に来るもの」を考えるうえで、全国でもかなり重要なケーススタディになると考えています。<br />
栃本の民宿・旅籠群の消滅は、単なる過疎化では説明できません。むしろ日本の山村が経験した「交通・信仰・産業・共同体」の四重崩壊を象徴しています。<br />
栃本は現在の観光客とは異なり、講中が徒歩で参詣しました。三峯参りは一泊二日の旅行ではなく、「村の代表が数日かけて参る信仰行事」で、富士講や伊勢講の安近短バージョンで前泊地として大変賑わっていました。<br />
昭和30年代までは林業も栃本を支えた大きな産業でした。そこにはたくさんの山作業員がおり、商店や飲食店も成立していました。<br />
つまり栃本は信仰経済＋林業経済の二本柱で成り立っていたのです。<br />
情緒的に言えば、日本型家族制度が消えた後に何が来るのか？集落や地区あるいは自治体はどうなるのか？これが発展すると国家が衰退した後に何が現れるのか。そしてその未来に人々は何を共有して生きるのか？が大きな問いとなるでしょう。<br />
■自治会というより共同体の栃本<br />
　栃本は「生活自治＋生産自治＋信仰自治」が一体化していました。<br />
江戸後期に150戸あった世帯も現在は20戸強程度となり、かつ高齢世帯がほとんどの状況です。そのため祭りの担い手不足どころか、役員の固定化や消防団員の不足が起きています。都市部自治会の活動低下とか未加入世帯問題ではなく、自治機能そのものが縮退しているのです。<br />
　栃本には今も山林をはじめ、家や墓、神社など残っているのですが、それらを管理する住民は数十人しかいないということが課題です。<br />
　以前もちょっと触れていますが、「総有財産が残っていても、総有主体が縮小」していくと根幹の総有の意義が問われる状況に遭遇しているのです。<br />
　そうした問題を抱える集落に2015年、新しい動きが出てきました。<br />
　これは後編でお伝えします。</p>
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		<title>改めて地域再生を考える（9)</title>
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		<pubDate>Fri, 17 Jul 2026 07:54:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[　今、地域では「何が重要なのか」 　自治体は360度あらゆることに目を向け施策を打つ。条件不利な場所、弱者、地域活性化など優先度がつけられない。終いには「全部大事なんだ！」となります。 　自治体トップも自分のレガシーを残 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　今、地域では「何が重要なのか」<br />
　自治体は360度あらゆることに目を向け施策を打つ。条件不利な場所、弱者、地域活性化など優先度がつけられない。終いには「全部大事なんだ！」となります。<br />
　自治体トップも自分のレガシーを残したい。そんな自分ファーストの首長を洗体したのは住民なのですが、職員はトップが変わっても地域の「守人」として、退職するまでは、じっくり越を落ち着けて住民本位の施策を粛々と行って欲しいと思っています。<br />
基本的なインフラ整備は必要です。子どもが減り保育園や学校が消滅する。商店街は買い物客が減る。地域活動もままならない地区が増加する。でも大都市並み大型で華美な施設は必要でしょうか？<br />
　まして自分の城づくりに大型予算を付けるなど住民の生活から乖離した事業を実施あるいは計画しているようでは地域の未来に責任を持てないでしょう。<br />
　縮重する人口、それに伴う地方自治体の収入不足の中で、そろそろ取捨選択が必要でしょう。<br />
■どこかで「流れは変わる」<br />
　若者に希望が見えない、ワクワク感がない地域は、これから生き残れません。ある意味で今での常識一度、否定しなければイノベーションは生まれないのです。<br />
　私はすべての地域を見ていないし、地域立地も現状もわかりませんので、どうしても偏った情報の中でしか言えませんが、皆さんの地域の課題解決を「すべてはできない」ということです。地域課題を解決するには、居住する地域の方々しかいないのです。<br />
　お上の下請け機関として機能した自治組織も、もはや闇雲に維持することに限界がきています。自治組織を維持する明確な理由を明示しつつ、行政と自治組織が協働できる環境づくりや、公助による負担軽減、緩やかな共助ネットワークへの再編を検討すべき時期がきたのです。<br />
　以前も過疎地域や限界集落と言われるところは、単一の課題で無く複合的な劣化システムと書きました。そこで重要なのは、現在“実質の自治機能”が存在しているかという点です。<br />
　つまり「縮退スパイラル」が地域で起きているのです。この状態で、移住促進とか観光振興などの施策は効きません。一番大事な地域の関係性が希薄になっているからです。<br />
　そこで最初に手を付ける施策は、インフラではなく「場」を再生することです。例えば月1回の集落カフェを開催するとか、内外の人を集めて農林作業を行う、空き家の活用実験、子どもと高齢者の交流など「人が関わりあう仕組み」づくりが重要なのです。<br />
　次が地域内産業の再設計です。これは地域の食をベースとした加工やジビエ、特産品づくりです。また地域の学びを体験(自然・農業体験、農泊など)として提供することが良いでしょう。<br />
　しかし力が衰えた地区や集落では、その実行は難しいです。そのため行政として、地域のファンづくりや二地域居住へ向けた誘導施策を実施することです。特に地元出身者を呼び寄せるような取組が大切です。<br />
　「世界がもし100人の村だったら」(2001年)という書籍がヒットしましたが、現在本当に自らの自治体が100人の村になるかもしれません。<br />
とは言っても集落維持の目的は「人口増」ではなく、地域が自ら決められる力を取り戻すことです。ただそれは、行政依存ではなく、住民・関係人口・事業者・行政が協働する<br />
「関係自治」への移行と考えてください。<br />
　人口100人の集落が1000人に戻ることはほぼありません。今後の農山村は「消滅を防ぐ」のではなく、「縮みながら豊かになる」方向性が重要になります。<br />
　100人の集落が、今後50人になっても、人や仕事、学び、交流を循環させ生態系として再編集することが生き残りの核心です。<br />
　従来の集落(コモンズ)は、共有林などを基盤とした資源の共有管理から成り立ってきた経過があります。その資源管理を維持している事例に長野県の北端に位置する「野沢温泉村」があります。村人は共有林という資源を、温泉とスキーの観光振興に転換していったのです。外湯は村人の共有財産として「湯仲間」制度により守られてきました。共有林地帯はスキー場として開発し百年の歴史を重ねてきました。<br />
　行政の課題は他産業が乏しい村への発言力が強いことかも知れませんが、共有林の利用権総有が力を持つとこうなるのです。</p>
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		<title>改めて地域再生を考える（8）</title>
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		<pubDate>Fri, 17 Jul 2026 07:52:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[　人口縮小下で、自治を支えた団塊の世代が高齢化で引退時期に差し掛かり、共助の義務化で成り立っていた自治も役員のなり手不在など組織の持続性が物理的に限界を迎えています。事実、世帯数の減少に伴い活動が大変とか、メリットがない [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　人口縮小下で、自治を支えた団塊の世代が高齢化で引退時期に差し掛かり、共助の義務化で成り立っていた自治も役員のなり手不在など組織の持続性が物理的に限界を迎えています。事実、世帯数の減少に伴い活動が大変とか、メリットがないからと自治会への加入率が低下しています。<br />
しかし「行政の下部組織」的な考えが行政にも住民にもあり、人口減少が構造的かつ不可逆的に進行する2026年であっても、ゴミ集積所や防犯灯の維持管理、地域の安全対策は自治会主体の現行のままで存続させるとする傾向があります。ですが現行制度化で自治会に配付する予算を付ける「延命策」は、体力を失っている自治会には負担となるだけで、結果的に住民生活の質を低下させる懸念があります。<br />
■目の前にある「自治の危機」<br />
　一口に「自治の危機」と言っても、都市部の「町内会・自治会」と、農山村の「集落自治」では、その構造と崩壊の要因は明らかに異なります。<br />
　都市部における町内会・自治会の主な機能は、ゴミステーションの管理、防犯灯の維持、祭事などの親睦活動が中心で、生活インフラの多くは行政や民間サービスに依存しているため、自治会が機能不全に陥っても「不便」ですが「生存」に直結するわけではなく、地縁が希薄な「選択的自治」の側面が強いため、近年は特に「税金を払っているのだから行政がやるべき」「一時の借家で関係ない」とする意識が浸透、居住地としての帰属意識の低下どころか愛着もなく権利を主張するのみで、自治組織が行う業務は重荷や強制労働として映っています。<br />
　一方で農山村の集落は、都市部の町内会が行う業務のほかに、共有林や農業用水の管理、林道の整備、草刈り、冠婚葬祭の相互扶助など、生産基盤と生活インフラが不可分に結びついています。つまり集落が崩壊すれば、そのまま生存基盤の喪失となる「運命共同体的自治」なのです。<br />
都市と田舎の自治会の共通項は、自治を支えた団塊の世代が高齢化で引退時期に差し掛かり、共助の義務化で成り立っていた自治も、役員のなり手不在など組織の持続性が物理的に限界を迎えている点です。<br />
　農山村では自治の形を変容させる「公助への切り替え」や「広域的な自治組織への統合」など「戦略的な撤退」を正面から議論することが大切です。農山村を国策として守ることは、日本が持続可能な地域社会を引き継ぐための現実的な選択肢となります。<br />
■国民の命「水」問題<br />
　毎年、水不足がマスコミなどで報じられます。日本の年間平均降水量は約1,700mm。世界平均（約970mm）の1.7倍もあり、「水の豊かな国」と言われます。<br />
　しかし降水時期や場所が偏っていたり、梅雨や台風などの豪雨では、急峻な地形のために、一気に河川へ流れ込み、上流域では土砂崩れ、下流域では冠水と、近年は特に水害が頻発しています。日本は決して“水に余裕がある国”ではないのです。<br />
実際、日本の一人当たりの水資源量は世界平均のわずか4分の1しかありません。その少ない水を育むのが過疎に苦しむ山村です。<br />
　森林は雨をゆっくりと抱き込み、やがて清らかな水となって湧き出します。この自然の循環があるからこそ、日本は世界でも数少ない「水道水をそのまま飲める国」となっています。しかし山村エリアでは、その森林を守る担い手の減少で、水保全機能の喪失の危機に瀕しているのです。これは地元住民というより「国民」にとって大きな脅威です。<br />
　近年、半導体製造などで地下水を大量に汲み上げる企業が増えています。ＡＩの急速な発展とともに巨大なデータセンターが地方にできつつあります。データセンターは冷却のために大量の水を使用します。データセンターは、固定資産税収入が大きいですが、雇用は少なく地元の活性化には貢献しません。一方で水や電力を大量に消費するため、「地域再生の切り札」という点では慎重な評価が必要です。<br />
　ゆえに農山村においては「公助への切り替え」や「広域的な自治組織への統合」など自治の形を変容させることは、次世代に持続可能な地域社会を引き継ぐための現実的な選択肢となるでしょう。<br />
　都市の蛇口をひねると出る水は、遠い山の森が、時間をかけて育てた“贈り物”です。<br />
下流の都市は上流の山村に支えられ、山村は都市からの支援で息をつなぐことができる運命共同体であり、水を巡る経済と環境の新しい関係が、今、各地で静かに動き始めています。<br />
　水は誰かの所有物ではなく、地域と地域、人と人をつなぐ共有資源です。上流と下流が互いに支え合う仕組みを築くことが、これからの日本に欠かせません。</p>
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		<title>改めて地域再生を考える7</title>
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		<pubDate>Fri, 17 Jul 2026 07:50:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[地域の総有で実に面白い事例があります。 　私が毎月伺っている阿智村清内路の上清内路に残る「一山一墓」 　集落共同墓地で「一山総墓」とも言われます。上清内路では村人が亡くなると、個人墓ではなく全員が同じ墓に入るのです。 都 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>地域の総有で実に面白い事例があります。<br />
　私が毎月伺っている阿智村清内路の上清内路に残る「一山一墓」<br />
　集落共同墓地で「一山総墓」とも言われます。上清内路では村人が亡くなると、個人墓ではなく全員が同じ墓に入るのです。<br />
都市部では墓がないと嘆きますが、上清内路に住めば墓は確保したのと同じです。東京からの移住者は「家を購入したら、お寺とお墓が付いてきた」と話をしていました。<br />
　SBCのドキュメンタリーでも「みんなで一つの墓に入る村」として紹介されている上清内路。これは単なる合葬墓ではなく、背景には生きている間は同じ山で暮らし、死んだ後も同じ墓で眠るという共同体思想があるからでしょう。<br />
　近代以降の日本では家墓が一般化しましたが、清内路にはそれ以前の共同体的祖霊観が残ったと考えられ、自治体が失ってしまった地域の絆が、旧村単位で非常に強く残っているのです。<br />
■「一山一家（いっさんいっか）」は南信州の特徴<br />
一つの山を集落全体で所有し、その山の中に共同墓地を持つ仕組みは、日本の農山村で広く見られた「総有」の典型で、農山村や入会地の文脈で使われてきました。<br />
　その制度を色濃く残すのが、飯田市遠山郷や周辺の山間集落、岐阜県白川村、奈良県十津川村などに残っています。<br />
　「○○家の先祖」ではなく、村を形成してきた祖先として敬われてきましたが、それを潰したのが明治政府です。明治政府は地租改正や私有財産制度、さらに負荷調整の「家制度」を導入したことで、それまで共有林や共有地などの「一山」は個人所有に、一墓は「家墓」に変化したのです。<br />
　政府にとって自立した「共同体」は、それぞれの地域の「自主・自立」が国家の邪魔だったわけです。<br />
　余談ですが政府が権力と財源の一極集中を高めた例に、廃仏毀釈と酒税の創設があります。<br />
　共有林＋共同墓地＋共同祭祀(氏神様の祭り)は住民生活に密着していました。飯田市の遠山郷や下伊那南部、さらに三河地方に残る「掛け踊り」は祖霊(先祖の霊)を祀る集落共同体の祭であり、その共同体の中心は山でした。<br />
冒頭で上げた旧清内路村には、住民が手づくりする花火(これも祖霊を祀る意味あり)が残っており、共有の山林(一山)をベースに一墓、一祭が連綿と続いており、この共同体が日本の希望となっていく可能性があると思っています。<br />
　昔の村人は、山だけ共有しても続かないし、墓だけ共有しても続かない。祭だけ共有しても続かないことを知っていました。利益を生む山の経済と村の先祖を継承する墓、世代・人を結びつける祭を一体で運営する「総有共同体」として機能していたのです。<br />
　これらから「一山一墓一祭」は単なる民俗ではない生き残るための制度設計をしていたと考えます。<br />
　この痕跡が南信州に残る飯田・下伊那の集落は、古くから山村社会で耕地よりも山林への依存が大きく、産業から生活までを山から得ており、部落共有林や財産区有林が発達しており、山そのものが共同体の基盤だったのです。飯田市歴史研究所の研究でも、「山林と山里」は地域景観を形成する重要な要素として扱われています。<br />
　飯田・下伊那で残った理由は地形であることが明白です。<br />
　谷ごとに集落が分かれ、峠で外界と隔てられているため、自給的生活が長く続いたことが大きな要素です。前述した清内路も、木曽谷と伊那谷を結ぶ清内路街道一本で、独特の生活圏を形成しているという特徴があります。ゆえに個人よりも共同作業(結い)などが優先される文化が残りました。<br />
現代風に訳せば、村は単なる居住地ではなく「資産管理会社＋福祉組織＋宗教法人＋自治体」を兼ねている、とても合理的かつ小規模で自立する共同体たったのです。<br />
　これが「縮重社会における新しい総有」の重要なヒントになると思います。<br />
　この辺は別途、「伊那谷から始まる総有文明論―自治体の後に来るもの―」として書きますので乞うご期待！</p>
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		<title>改めて地域再生を考える6</title>
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		<pubDate>Mon, 15 Jun 2026 23:42:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[改めて地域再生を考える6 　No.5では家庭の総有を書いた。ちょっとその具体事例を考えて見ましょう。 　“夫が家族に知らせずに「宝くじ」を購入、それが高額当選した。さて妻はその半分を受け取れるか” 　ここで有名な判例を紹 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>改めて地域再生を考える6<br />
　No.5では家庭の総有を書いた。ちょっとその具体事例を考えて見ましょう。<br />
　“夫が家族に知らせずに「宝くじ」を購入、それが高額当選した。さて妻はその半分を受け取れるか”<br />
　ここで有名な判例を紹介する。夫が婚姻中、自分の小遣いで継続的に購入していた宝くじが約2億円当選した事案です。東京高等裁判所 平成29年（2017年）3月2日決定<br />
　夫は「自分の小遣いで買ったのだから自分の財産だ」と主張しましたが、裁判所は、<br />
●宝くじ購入資金の小遣いは夫婦の収入から出ている<br />
●当選金は住宅ローン返済や生活費に使われた<br />
●当選金を原資として形成された財産は夫婦生活の中で維持された<br />
として、当選金を原資とした財産は夫婦共有財産であり、財産分与の対象になると判断。「偶然の当選であっても、婚姻共同体の資金から生まれ、その利益が家族生活に組み込まれたなら共有財産になる」ということを示した。<br />
　これが家庭の総有論拠になるのです。<br />
■地域の総有の具体例<br />
　さてここで地域の総有の具体例をちょっと書きます。<br />
飯田市の川路地区は、1961年の「三六災害」による壊滅的な浸水被害をきっかけに、土地を天龍川が越水した高さまで、盛り土する「天竜川治水対策事業」(川路・龍江・竜丘地区)を実施。そして盛り土完成後、地主が個別に土地を売却せず、管理組合を設立しました。設立の理由はインターチェンジに近い平坦地ができたことで、“先祖代々の土地を売れば外部資本に買われる”“地元に利益が残らない”“地価格の上昇”のほか、将来のまちづくりを自分たちで決められなくなるという不安があったからです。<br />
地主が売却せず、土地管理組合を設立という事例は、日本の治水事業の中でも非常に特徴的な取り組みとして知られ、世界的にも注目されています。<br />
　この事例は「総有」的に一括管理・活用し続けている点から哲学者の金井壽男(かないひさお)氏が提唱した「関係総有」の具体例と言えるでしょう。<br />
現在の土地管理組合の運営は設立当初からの流れで、保留地管理に企業誘致、土地賃貸、宅地分譲、地域施設用地確保などを担っています。<br />
この地区には住宅地や商業施設、工業施設が立地し、飯田市南部の重要な市街地になっており、無秩序な開発を防ぎ、地価上昇益を地域内に残したこと、地域主体で土地利用を決定できた、道路沿いの地主だけが利益を独占する一人勝ちを防いだという評価がある一方で課題が出てきました。<br />
これは他地域で同様の利用権関係総有を実施するときの示唆となります。<br />
設立時の中心メンバーが現在は70～90歳前後になっており、創設世代がほぼ退場する時代に入りました。そのことで相続が発生し、一筆の土地に複数の権利者が生まれている点が問題となりつつあります。相続者は「なぜ組合を作ったのか」という原点が継承されていない点です。<br />
そのため管理責任の不明や利害対立も発生、当然、意思決定が困難になってきたのです。これは日本全国の共有地問題そのものと言えるでしょう。<br />
創設時は「地域を守る」が目的でしたが、世代交代し相続人が大都市に居住している場合、地域の未来より換金価値を重視する傾向が強くなります。<br />
　結果、「守る土地」から「維持する土地」へ課題が変わってしまったわけです。<br />
さらに組織自体の課題があります。<br />
利用権の関係総有は会社でも自治体でもない中間組織であり、創設時は信頼関係で成り立っていたものの、後継世代には存在しないのです。<br />
飯田の川路土地管理組合は、治水事業を契機にして成立した「個人所有を残しながら共同体で経営する」という大いなる実験であったかもしれません。<br />
■利用権と関係総有<br />
金井氏は財産や空間を共有するだけでなく、そこに生まれる「関係性」や「生活のプロセス」そのものをメンバー全員で分かち合い、担っていくという“人と人との関係性そのものの総有”とか、人間は孤立した個人ではなく、他者との関係性の中で生きる存在である」という前提に立ち、所有のあり方も関係性中心に捉えようとしています。<br />
対して、入会権(いりあいけん)やコモンズを再評価する動きの中で、「関係総有」や「関係論的総有」という表現が使われることがあり、ここでは、「その場に集まる人々の関係性（ネットワーク）が維持されているからこそ、その財産や価値が保たれる」という状態としています。つまり誰のものでもないが、関わる全員のものであるという動的な共有関係です。<br />
現在、「私有」や「公有」の限界が見えてきた中で、コモンズが世界的に見直されており「関係総有」は、単に古い村社会のルールに戻るのではなく、「現代的なつながりやネットワークをベースにした、新しい共有の思想」を説明する言葉として、エコロジー思想や地域再生、自治論の文脈でたびたび参照・提唱されているのです。<br />
つまりそれは「関係総有」という概念そのものと言えますし、むしろ、その「所有から利用へ、そして利用の総有化へ」というシフトこそが、この概念が現代において提唱される最大の理由だと言えます。<br />
近代の所有権は「私のものは、どう使おうが自由」という思想がベースです。だからトランプ大統領などは米国の領有・所有に拘り、様々な摩擦を生んでいるのです。<br />
しかし本当にこのままで良いのでしょうか？<br />
皆さんがご承知のように、過疎地域では山林や農地、家など管理できない状況が続いています。ここに「利用の総有化」を持ち込むと、意味合いが大きく変わります。<br />
まず、誰の所有物(あるいは公有地)とする「名義」にこだわらなくなる。その誰でもない土地や家を活用して、価値を生み出す、または享受するコミュニティ全体で、利用のルールやプロセスを共同で担うことが可能となります。つまり「どうみんなで使うか」に焦点を当てる点で、共同化は総有化することになるのです。<br />
　現代版の「シェアリング」になるわけで、それがカーシェアではなく「土地」ということです。<br />
入会権などは、その土地に生まれたという「固定的な身分」に基づきますが、内外の関係者が「利用の総有」をすることで、流動的でオープンな「利用のネットワーク」へと変貌するのです。<br />
「利用の総有化」は個人所有から、住民だけで無く賛同する外部からの参加を促し、地元だけでは棚上げしていた資産を有効に活用するチャンスとなるでしょう。</p>
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		<title>改めて地域再生を考える5</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2338/</link>
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		<pubDate>Mon, 15 Jun 2026 23:41:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[地域再生]]></category>

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		<description><![CDATA[前回、家庭の総有を書いたが、家父長制を基にした家の仕組みが整うと、女性は端に追いやられ対等な権利は剥ぎ取られ総有は消滅していく。それがつい最近までの日本社会でした。家事・育児・介護の負担が女性に偏りやすく、男性の育児休暇 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>前回、家庭の総有を書いたが、家父長制を基にした家の仕組みが整うと、女性は端に追いやられ対等な権利は剥ぎ取られ総有は消滅していく。それがつい最近までの日本社会でした。家事・育児・介護の負担が女性に偏りやすく、男性の育児休暇も増加しているものの家庭では固定的な性別による役割分担は相変わらず存在しています。<br />
■農村は相変わらず「男社会」<br />
「男女共同参画社会基本法」(平成11年法律第78号)が施行されてから、すでに27年が経過しましたが、政府自身も男女共同参画の取組が十分に進んでいないことを認めています。大企業では女性役員の増加など、ダイバーシティ推進の成果が見られる一方で、意思決定層への女性参画は依然として十分とは言えません。<br />
市町村の男女共同参画計画についても、国は市区町村で100％、町村で85％の策定率を目標としています。しかし、その目標自体の低さを見ると、地方における実効性には依然として大きな課題が残されていると言わざるを得ません。<br />
こうした状況を見ると「田舎にはダイバーシティが存在しない」と受け取られても仕方がない面があります。特に「これがこの地域の常識だ」という同調圧力、男性ばかりが集まる地域の会議、さらには「女性は台所に立つものだ」とする価値観がいまだに残る地域もあります。<br />
こうした古い体質が「田舎は生きづらい」というイメージを生み出しています。これでは、地域に女性を定着させたい、あるいは移住者を増やしたいと考えても成果は期待できません。全国各地で「暮らしやすい地域です」とPRしても、地元の若い女性は都市部へ流出し、移住希望者も二の足を踏むでしょう。<br />
だからこそ、ダイバーシティ推進を市町村の重要政策として位置づけ、具体的な施策を実行していく行政の姿勢が求められます。<br />
特に人口減少が進む地域では、人間関係が密になるという特徴があります。それは助け合いというメリットを生む一方で、監視や同調圧力というデメリットにもなります。<br />
行政職員も地域内に居住していれば、24時間地域社会の目にさらされているような状況になりがちです。また、移住者は何年経っても「来たり者」と呼ばれ、既存住民との間に見えない境界線が引かれることがあります。<br />
その結果、目立つ行動を取りにくくなり、既存の慣行や価値観に異議を唱えにくい雰囲気が生まれます。異質な存在が排除されやすい構造が残っているのです。<br />
残念ながら、このような価値観は地域の中で再生産されやすい傾向があります。<br />
対立を避けるために波風を立てないことが重視され「地域の和」を守ることが最優先される。制度やルールよりも空気が優先され、問題提起をする人が「面倒な人」と見なされることも少なくありません。<br />
このように地方には「変えにくい、変わりにくい」条件が幾重にも重なっています。<br />
しかし、それを打破しない限り地域に未来はありません。変化を起こすためには、まず首長が明確な意思を示すことです。そして行政組織全体にその方針を徹底し、ダイバーシティ推進の取組を明文化するとともに、議会や地域団体にも協力を求めていく必要があります。<br />
近年では、PTAや自治会など地域役員の担い手不足も深刻化しています。<br />
地方で変革が進まない原因は、必ずしも個人の意識だけにあるわけではありません。むしろ制度や組織の構造設計に課題があります。理念を唱えるだけではなく、日常の役割分担や参加ルールの見直し、デジタル化を含めたインフラ整備などによって支えていく必要があります。<br />
つまり、「考え方を変えましょう」という精神論だけでは不十分なのです。<br />
「昔からこうしてきた」という慣習や、透明性の低い非公式な合意形成の仕組みを見直し、誰もが参加しやすい地域運営へと転換していくことが求められています。<br />
■本当の問題は「男社会」ではなく「閉鎖的な共同体」である<br />
　農村の課題を単純に「男性中心社会だから」と捉えるだけでは本質を見誤ります。<br />
実際には、男性であっても若者であれば発言力は弱く、移住者であれば地域の中心には入りにくい状況があります。つまり問題は性別だけではなく「誰が意思決定に参加できるのか」という共同体の構造そのものにあるのです。<br />
農村社会は長い歴史の中で、限られた人口で地域を維持するために強い共同性を育んできました。水路管理から山林利用、祭礼運営、相互扶助など、一人ではできないことを集団で支える必要があったからです。<br />
その共同性は地域の大きな財産でした。<br />
しかし人口減少社会に入った現在、その共同性は時として排他性へと変化しました。<br />
「昔からこうしている」 「前例がない」 「よそ者には分からない」など、こうした言葉は、地域を守るために使われる一方で、新しい挑戦や多様な価値観を受け入れない壁にもなっています。<br />
本来、共同体は地域を支えるための仕組みでした。しかし共同体そのものを維持することが目的になると、変化を拒む組織へと変質してしまいます。<br />
人口減少時代に必要なのは、共同体を解体することではなく、再構築することです。<br />
そのヒントになるのが「総有」という考え方です。<br />
総有とは、単なる共有財産ではありません。地域に関わる人々が責任と権利を持ちながら共同で管理する仕組みです。そこでは所有者か否か、地縁があるかないかだけではなく、「地域に関わる意思を持つ人」が主体となります。<br />
従来の農村共同体は、血縁・地縁によって構成されていましたが、人口減少社会では、その枠組みだけで地域を維持することは困難です。<br />
女性や若者、移住者、二地域居住者など、これまで周辺に置かれていた人々が意思決定に参加しなければ、地域を支える担い手そのものが消滅してしまいます。<br />
ダイバーシティとは単なる男女比率の問題ではないのです。<br />
地域を維持するために、多様な主体が参画できる仕組みをつくることです。人が減ることは、意思決定に参加する人が減ることであり、少数の意思決定は地域の持続性で危険な兆候となりかねません。<br />
人口減少を最悪な事態としてどれほど論議しても誰も止められません。<br />
これからの農村に必要なのは「男社会からの脱却」だけではなく「閉鎖的な共同体から開かれた総有型共同体への転換」なのです。<br />
地域を守るために変わるのではありません。変わることによって初めて地域を守ることができるのです。</p>
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