柳田国男は、賽の神=境界の神であり、大和民族に対する先住民の信仰と考察した。これも一理あるが、私はミシャグジ=御蛇霊神(ミシャグジ)の説も捨てがたい。
なぜならば信州には「龍神伝説」が異常に多く残るからだ。
蛇=龍の構図は、中国の「夏王朝」の龍信仰から来ている。実際、龍の文様の入った玉璋(ぎょくしょう)も発掘されている。
中国最古の「夏王朝」前には、伏羲(ふっき)、女媧(じょか)、神農(しんのう)と言う三皇(龍王)及び黄帝(こうてい)、顓頊(せんぎょく)、帝嚳(ていこく)、帝堯(ていぎょう)、帝舜(ていしゅん)の5人の帝がいた。ただし「三皇」は神話であるが定説だ。
「夏王朝」は「殷王朝」の前に存在しており「殷」に征服されたが、呪術的側面から三皇を信仰する文化は残った。
伏羲や女媧は体が蛇体で描かれ、神農には角がある。伏羲は八卦を定めたとされ易学の筮竹を使う卜占はそれに連動している。女媧は女神(男との説もある)で、泥をこねて創ったのが、人類だとされる。神農はもちろん農業や医療の神である。
面白いのはここにもノアの箱舟のような洪水伝説があることだ。
「古の時、天を支える四極の柱が傾いて世界が裂けた。大地は割れ、火災や洪水が止まず破滅的な状態となった。そこで女媧は、五色の石を錬り天を補修し、大亀の足を四柱に代え、黒竜の体で土地を修復し、芦草の灰で洪水を抑えた」と前漢時代の思想書『淮南子(えなんじ)』に記述がある。天を支える四本柱・・・御柱でしょか?
その思想を持った「夏王朝」の末裔が中国を追われ、日本海を渡り新潟辺りに漂着し、そこで「夏」の再興を図ったと見れば、龍神信仰が日本に根付いたとしても不思議ではない。
ここで妄想する。因幡の白ウサギ伝説は、もしかしたら着のみ着のままで漂着した「夏」の民ではないかと?それは「夏」の始祖が「兎」だからだ。禹の起源は黄河に棲む水神だったといわれる。
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信州は龍のメッカだ。とにかく龍神伝説が多く残る。
有名なのがアニメ「日本昔ばなし」のオープングで登場する「龍の小太郎」(松谷みよ子作)のモデルは、小泉小太郎や泉小太郎伝説であり、その母親が諏訪大明神(龍神)と言う、これまた妙な関係も出てくる。我が市を流れる天龍川は諏訪を源とする。天龍川の龍神は女性神だ。
しかし諏訪大明神は男神の建御名方神ではなかったのか?
どうやら母龍神は、玉依姫命と想定されるが、この玉依姫はあちこちの男神と契って子どもを産んでいる。この浮気者!と調べてみたら、「玉依姫」は巫女の総称であり、たくさんいたとのことだ。これなら許せるが、巫女が龍神とはこれいかに?
豊玉姫の妹である玉依姫は「海神」の娘で、姉の子どもを養育した。それが後の神武天皇となるのだが、何と養育した神武天皇と結婚している。やはり玉依姫命は巫女の総称で「何人も」いたのだ。
諏訪では玉依姫は建御雷神の子どもで、建御名方神と玉依姫命は政略結婚させられている。その二神の子どもは「別雷神(わけいかずち)」となるらしい。が、建御名方の妻は「八坂刀売姫」である。祀られているのは諏訪大社下社秋宮である。
ちょっと待って~!整理すると「玉依姫命」(五十鈴神社では媛鞴五十鈴媛命)で、奈留多姫で、「八坂刀売姫」だと比定している。大国主などはその代表であるが、神話時代は一つの神がとにかく別名をたくさん持っているものだ。
京都の貴船神社の由来では、「玉依姫命が黄船(きふね)に乗って、淀川・賀茂川・貴船川を遡り、当地に上陸し水神を祭った」とある。乗ってきた船は奥宮境内に御船型石だ。海神であり龍神である玉依姫命を祀る貴船神社。さすがに晴れ男の私もここでは慈雨で迎えてくれた。
ついでに書くと「八坂刀売姫」の息子に「川上猛(タケル)」がいる。あの「日本武尊(ヤマトタケルノミコト)」が女装してだまし討ちした人物だ。
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縄文のビーナスは大地の神(豊穣の地母神)とされるが、信州在来の民俗学者である田中清文の陰陽五行説を発展させれば、縄文のビーナスは「陰陽五行説祖神の女媧」であると推論できる。
「女媧」は「蛇(龍)神」である。茅野で発掘された「水煙渦巻文深鉢」の渦巻きは『蛇』であるとの主張もある。
ミシャグジを「御作神」とか「御社宮司」ではなく「御蛇霊神」とすると=アラハバキに繋がる。アラハバキは石神であり蛇神なのだ。
龍はまさに大地を揺るがし、天を割る天変地異である。故にフォッサマグナが古代神であるのは必然かも知れない。