改めて地域再生を考える6
No.5では家庭の総有を書いた。ちょっとその具体事例を考えて見ましょう。
“夫が家族に知らせずに「宝くじ」を購入、それが高額当選した。さて妻はその半分を受け取れるか”
ここで有名な判例を紹介する。夫が婚姻中、自分の小遣いで継続的に購入していた宝くじが約2億円当選した事案です。東京高等裁判所 平成29年(2017年)3月2日決定
夫は「自分の小遣いで買ったのだから自分の財産だ」と主張しましたが、裁判所は、
●宝くじ購入資金の小遣いは夫婦の収入から出ている
●当選金は住宅ローン返済や生活費に使われた
●当選金を原資として形成された財産は夫婦生活の中で維持された
として、当選金を原資とした財産は夫婦共有財産であり、財産分与の対象になると判断。「偶然の当選であっても、婚姻共同体の資金から生まれ、その利益が家族生活に組み込まれたなら共有財産になる」ということを示した。
これが家庭の総有論拠になるのです。
■地域の総有の具体例
さてここで地域の総有の具体例をちょっと書きます。
飯田市の川路地区は、1961年の「三六災害」による壊滅的な浸水被害をきっかけに、土地を天龍川が越水した高さまで、盛り土する「天竜川治水対策事業」(川路・龍江・竜丘地区)を実施。そして盛り土完成後、地主が個別に土地を売却せず、管理組合を設立しました。設立の理由はインターチェンジに近い平坦地ができたことで、“先祖代々の土地を売れば外部資本に買われる”“地元に利益が残らない”“地価格の上昇”のほか、将来のまちづくりを自分たちで決められなくなるという不安があったからです。
地主が売却せず、土地管理組合を設立という事例は、日本の治水事業の中でも非常に特徴的な取り組みとして知られ、世界的にも注目されています。
この事例は「総有」的に一括管理・活用し続けている点から哲学者の金井壽男(かないひさお)氏が提唱した「関係総有」の具体例と言えるでしょう。
現在の土地管理組合の運営は設立当初からの流れで、保留地管理に企業誘致、土地賃貸、宅地分譲、地域施設用地確保などを担っています。
この地区には住宅地や商業施設、工業施設が立地し、飯田市南部の重要な市街地になっており、無秩序な開発を防ぎ、地価上昇益を地域内に残したこと、地域主体で土地利用を決定できた、道路沿いの地主だけが利益を独占する一人勝ちを防いだという評価がある一方で課題が出てきました。
これは他地域で同様の利用権関係総有を実施するときの示唆となります。
設立時の中心メンバーが現在は70~90歳前後になっており、創設世代がほぼ退場する時代に入りました。そのことで相続が発生し、一筆の土地に複数の権利者が生まれている点が問題となりつつあります。相続者は「なぜ組合を作ったのか」という原点が継承されていない点です。
そのため管理責任の不明や利害対立も発生、当然、意思決定が困難になってきたのです。これは日本全国の共有地問題そのものと言えるでしょう。
創設時は「地域を守る」が目的でしたが、世代交代し相続人が大都市に居住している場合、地域の未来より換金価値を重視する傾向が強くなります。
結果、「守る土地」から「維持する土地」へ課題が変わってしまったわけです。
さらに組織自体の課題があります。
利用権の関係総有は会社でも自治体でもない中間組織であり、創設時は信頼関係で成り立っていたものの、後継世代には存在しないのです。
飯田の川路土地管理組合は、治水事業を契機にして成立した「個人所有を残しながら共同体で経営する」という大いなる実験であったかもしれません。
■利用権と関係総有
金井氏は財産や空間を共有するだけでなく、そこに生まれる「関係性」や「生活のプロセス」そのものをメンバー全員で分かち合い、担っていくという“人と人との関係性そのものの総有”とか、人間は孤立した個人ではなく、他者との関係性の中で生きる存在である」という前提に立ち、所有のあり方も関係性中心に捉えようとしています。
対して、入会権(いりあいけん)やコモンズを再評価する動きの中で、「関係総有」や「関係論的総有」という表現が使われることがあり、ここでは、「その場に集まる人々の関係性(ネットワーク)が維持されているからこそ、その財産や価値が保たれる」という状態としています。つまり誰のものでもないが、関わる全員のものであるという動的な共有関係です。
現在、「私有」や「公有」の限界が見えてきた中で、コモンズが世界的に見直されており「関係総有」は、単に古い村社会のルールに戻るのではなく、「現代的なつながりやネットワークをベースにした、新しい共有の思想」を説明する言葉として、エコロジー思想や地域再生、自治論の文脈でたびたび参照・提唱されているのです。
つまりそれは「関係総有」という概念そのものと言えますし、むしろ、その「所有から利用へ、そして利用の総有化へ」というシフトこそが、この概念が現代において提唱される最大の理由だと言えます。
近代の所有権は「私のものは、どう使おうが自由」という思想がベースです。だからトランプ大統領などは米国の領有・所有に拘り、様々な摩擦を生んでいるのです。
しかし本当にこのままで良いのでしょうか?
皆さんがご承知のように、過疎地域では山林や農地、家など管理できない状況が続いています。ここに「利用の総有化」を持ち込むと、意味合いが大きく変わります。
まず、誰の所有物(あるいは公有地)とする「名義」にこだわらなくなる。その誰でもない土地や家を活用して、価値を生み出す、または享受するコミュニティ全体で、利用のルールやプロセスを共同で担うことが可能となります。つまり「どうみんなで使うか」に焦点を当てる点で、共同化は総有化することになるのです。
現代版の「シェアリング」になるわけで、それがカーシェアではなく「土地」ということです。
入会権などは、その土地に生まれたという「固定的な身分」に基づきますが、内外の関係者が「利用の総有」をすることで、流動的でオープンな「利用のネットワーク」へと変貌するのです。
「利用の総有化」は個人所有から、住民だけで無く賛同する外部からの参加を促し、地元だけでは棚上げしていた資産を有効に活用するチャンスとなるでしょう。

