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改めて地域再生を考える5

前回、家庭の総有を書いたが、家父長制を基にした家の仕組みが整うと、女性は端に追いやられ対等な権利は剥ぎ取られ総有は消滅していく。それがつい最近までの日本社会でした。家事・育児・介護の負担が女性に偏りやすく、男性の育児休暇も増加しているものの家庭では固定的な性別による役割分担は相変わらず存在しています。
■農村は相変わらず「男社会」
「男女共同参画社会基本法」(平成11年法律第78号)が施行されてから、すでに27年が経過しましたが、政府自身も男女共同参画の取組が十分に進んでいないことを認めています。大企業では女性役員の増加など、ダイバーシティ推進の成果が見られる一方で、意思決定層への女性参画は依然として十分とは言えません。
市町村の男女共同参画計画についても、国は市区町村で100%、町村で85%の策定率を目標としています。しかし、その目標自体の低さを見ると、地方における実効性には依然として大きな課題が残されていると言わざるを得ません。
こうした状況を見ると「田舎にはダイバーシティが存在しない」と受け取られても仕方がない面があります。特に「これがこの地域の常識だ」という同調圧力、男性ばかりが集まる地域の会議、さらには「女性は台所に立つものだ」とする価値観がいまだに残る地域もあります。
こうした古い体質が「田舎は生きづらい」というイメージを生み出しています。これでは、地域に女性を定着させたい、あるいは移住者を増やしたいと考えても成果は期待できません。全国各地で「暮らしやすい地域です」とPRしても、地元の若い女性は都市部へ流出し、移住希望者も二の足を踏むでしょう。
だからこそ、ダイバーシティ推進を市町村の重要政策として位置づけ、具体的な施策を実行していく行政の姿勢が求められます。
特に人口減少が進む地域では、人間関係が密になるという特徴があります。それは助け合いというメリットを生む一方で、監視や同調圧力というデメリットにもなります。
行政職員も地域内に居住していれば、24時間地域社会の目にさらされているような状況になりがちです。また、移住者は何年経っても「来たり者」と呼ばれ、既存住民との間に見えない境界線が引かれることがあります。
その結果、目立つ行動を取りにくくなり、既存の慣行や価値観に異議を唱えにくい雰囲気が生まれます。異質な存在が排除されやすい構造が残っているのです。
残念ながら、このような価値観は地域の中で再生産されやすい傾向があります。
対立を避けるために波風を立てないことが重視され「地域の和」を守ることが最優先される。制度やルールよりも空気が優先され、問題提起をする人が「面倒な人」と見なされることも少なくありません。
このように地方には「変えにくい、変わりにくい」条件が幾重にも重なっています。
しかし、それを打破しない限り地域に未来はありません。変化を起こすためには、まず首長が明確な意思を示すことです。そして行政組織全体にその方針を徹底し、ダイバーシティ推進の取組を明文化するとともに、議会や地域団体にも協力を求めていく必要があります。
近年では、PTAや自治会など地域役員の担い手不足も深刻化しています。
地方で変革が進まない原因は、必ずしも個人の意識だけにあるわけではありません。むしろ制度や組織の構造設計に課題があります。理念を唱えるだけではなく、日常の役割分担や参加ルールの見直し、デジタル化を含めたインフラ整備などによって支えていく必要があります。
つまり、「考え方を変えましょう」という精神論だけでは不十分なのです。
「昔からこうしてきた」という慣習や、透明性の低い非公式な合意形成の仕組みを見直し、誰もが参加しやすい地域運営へと転換していくことが求められています。
■本当の問題は「男社会」ではなく「閉鎖的な共同体」である
 農村の課題を単純に「男性中心社会だから」と捉えるだけでは本質を見誤ります。
実際には、男性であっても若者であれば発言力は弱く、移住者であれば地域の中心には入りにくい状況があります。つまり問題は性別だけではなく「誰が意思決定に参加できるのか」という共同体の構造そのものにあるのです。
農村社会は長い歴史の中で、限られた人口で地域を維持するために強い共同性を育んできました。水路管理から山林利用、祭礼運営、相互扶助など、一人ではできないことを集団で支える必要があったからです。
その共同性は地域の大きな財産でした。
しかし人口減少社会に入った現在、その共同性は時として排他性へと変化しました。
「昔からこうしている」 「前例がない」 「よそ者には分からない」など、こうした言葉は、地域を守るために使われる一方で、新しい挑戦や多様な価値観を受け入れない壁にもなっています。
本来、共同体は地域を支えるための仕組みでした。しかし共同体そのものを維持することが目的になると、変化を拒む組織へと変質してしまいます。
人口減少時代に必要なのは、共同体を解体することではなく、再構築することです。
そのヒントになるのが「総有」という考え方です。
総有とは、単なる共有財産ではありません。地域に関わる人々が責任と権利を持ちながら共同で管理する仕組みです。そこでは所有者か否か、地縁があるかないかだけではなく、「地域に関わる意思を持つ人」が主体となります。
従来の農村共同体は、血縁・地縁によって構成されていましたが、人口減少社会では、その枠組みだけで地域を維持することは困難です。
女性や若者、移住者、二地域居住者など、これまで周辺に置かれていた人々が意思決定に参加しなければ、地域を支える担い手そのものが消滅してしまいます。
ダイバーシティとは単なる男女比率の問題ではないのです。
地域を維持するために、多様な主体が参画できる仕組みをつくることです。人が減ることは、意思決定に参加する人が減ることであり、少数の意思決定は地域の持続性で危険な兆候となりかねません。
人口減少を最悪な事態としてどれほど論議しても誰も止められません。
これからの農村に必要なのは「男社会からの脱却」だけではなく「閉鎖的な共同体から開かれた総有型共同体への転換」なのです。
地域を守るために変わるのではありません。変わることによって初めて地域を守ることができるのです。

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