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改正基本法で本当に日本農業を守れるか(1)

農業の未来と新基本法の課題
農政の憲法「食料・農業・農村基本法」の改正案が国会に提出された。筆者は1999年制定の基本法の理念に対し、一定の評価をしていたが、諸般の事情で、その理念達成は道半ばであったことは否めない。特に今回は未達の検証・議論が深まる前に、目先の課題に対する庭先議論だけで現場と乖離した内容に至ったことが残念である。

大規模化では農村を救えない
 
1961年制定の農業基本法は規模拡大や生産性向上とコスト・ダウンで、サラリーマンとの所得格差是正を目的に、大規模化や法人化で所得向上を掲げたが、激しい米価闘争により、米価アップの道を選択してしまった。
筆者はガット・ウルグアイラウンドで121品目の農産物が自由化を迫られた時代から23年間、自治体の農政畑にいた。
中核農家育成(年間150日以上農業従事)と第1次構造改善事業から新農業構造改善事業で、自立を図る農業政策であった。 
農基法制定に尽力した東畑精一氏は晩年「自立農家を作る政策に対して、農家が総兼業化で抵抗され構造改革は失敗」と後悔していたが、その後農家人口は毎年50万人以上を失い農業は高齢者と女性中心の「3ちゃん農業」になってしまった。
近年も農業経営体数が5年ごとに30万〜35万減少しており、2022年にはとうとう100万経営体を割り込んでいる。20年後には50代以下の基幹的農業従事者は約25万人と推計されている。
経営体が減少したのは農地集約が進捗している証拠なのか改めて問いたい。
担い手不足や安価で取引される農産物により農業者の再生産意欲を奪い廃業しているケースが散見される。これが第一の要因であろう。
 大規模農業経営は徹底した省力化であり、生産に高コストな中山間地域では成り立たない。しかしその中山間地農業が日本の自給率を裏で支えている。
すなわち大規模農業一本槍ではなく、中山間地で再生産可能な政策転換が必要である。

食料安全保障は農家を疲弊させるだけ

戦後の復興期、農業が将来国際競争に堪えるため必要な生産力向上の基本条件を整備することを怠れば我が国農業は救いがたい困難に陥ると農林省官僚は訴えた。改正基本法はこの「農業政策の大綱」と今も地下水脈で繋がっているのだろうか。
歴史を振り返れば1961年制定の農業基本法は、稲作農業の面的規模拡大による単作経営を推進したことで、大区画になる一方、畦に作付けした大豆栽培がなくなり、味噌や醤油が自家製造できず自給率を下げた。
 食糧輸入に影を落とす今般の政情不安や中国による爆買いで、政府も主要穀物の輸入リスクが大きいと理解したようだ。
小麦を始め49カ国の80品目で単価急騰と供給不足で、国民生活に影響が及び、異常気象により国内外の農産物生産が不安定化している。
 今回の改正では「食料安全保障の確保」として「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態」とするとして、輸入国支援に踏み込んだ。普段の買い付け競争で生産国との信頼関係を作っておくことは理解できるが、不測時でも安定した輸入を維持できると思っているのだろうか。
かつて米の不作よる緊急輸入や昨年の鶏卵不足で大騒ぎになったこともあり、今回の改正に附帯して「食糧供給困難事態対策法」が提出された。
異常気象などで食料が不足する事態が予見されたとき、首相を本部長とした対策本部を設置し、農家に対し生産の拡大・転換を指示するもので、命令を聞かない場合は罰金を科すと明記している。
輸入に依存する国は常にリスクを抱えている。シーレーン防衛に失敗すれば、日本はたちまち飢餓の国となるだろう。
輸入のセーティネットを整備するのも良いが、国内の農業農村を持続させるセーフティネットの確立がもっと大切である。

輸出入バランスで振り回される農家

食料の国内自給率は38%しかない。これでは国民から飢えの不安を取り除くことは不可能である。
一方で2023年の農産物輸出は9064億円で過去最高額を更新した。特に米、牛肉、緑茶で伸びが顕著である。
2024年2月に香港とシンガポールで月1回以上日本食を食べる消費者を対象に「今後の喫食意向」を聞いたところ、100%に近い消費者が今後も日本産の米を食べたいと回答した。このように圧倒的に支持される日本産農産物の輸出に拍車がかかるが、輸入している牛肉や豚・鶏肉・鶏卵も輸出しており、国民は安価な外国産を消費し、高品質なものは輸出しているという構図だ。
課題は輸入だ。
国産の半分以下で取引される中国産ニンジンは通年で安定供給され、レトルト商品メーカーは輸入を歓迎する。
特に生乳は悲惨である。世界貿易機構(WTO)で13万7千トンの輸入枠数量を約束させられたことが原因だが、輸入分との在庫調整の元で、乳牛の処分あるいは増加と生き物を無視した政策を生産農家に押しつけている。
畜産は総じて生産価格が低迷する一方で、円安の影響でエネルギーや飼料価格の高騰で、畜産業者は生産継続が不可能となり廃業が拡大している。

再生産可能な適正価格に

スーパー関係者は消費者の値頃感に販売単価が左右されるという。インフレ傾向が生産単価に正しく反映されることは必要だが、消費者マインドとのギャップが大きいために、仕入れ単価を落としている。
一方で消費者の健康志向や免疫への関心が高まったことを背景にサプリメント市場は1兆円を越え、医薬品メーカーまで参入する成長ぶりだが、機能性サプリによる健康被害事件で、通販を主戦場にコンプレックス消費を促すメーカーにとって頭の痛い騒動だろう。
原料の一部を担う農産物の単価が数円上がっただけでメディアは大騒ぎし買い控えを促す。健康食品の後塵を拝する農産物に生産者の意欲減退である。
政府は企業に対し物価高を上回る賃上げを要請している。中小企業にも労務費の価格転嫁を応援しているが、市場に対し農産物の価格転嫁の要請は行っていないようにみえる。
2024年になってから消費者も値上げは仕方ないと風向きが変わってきた。ここは政府として日本農業を守り持続させるため、再生産可能な適正価格での取引を強力に要請願いたい。

地域食料安保で自給率を上げる

我が国では米100万トン、小麦2.3ヶ月分、飼料用トウモロコシは100万トンの農産物を備蓄しているが、国民が食べる量を考えれば数日しかない僅かな備蓄である。
食糧安保は生産現場を担う農家が食べられる環境づくりこそ最も大切な農業農村政策だ。
誰も食の安定確保に危機感を持たなかったのは残念だ。このとき政府が米価アップではなく、麦や大豆の買取価格を上げていたらどうなっていたか。
自治体で農政を担当したとき、形骸化していた農地法や土地利用計画とリンクする農振法に疑問を感じ、農業農村の振興ではリアルな農地維持政策が不可欠と考え、提唱したのが「地域内食料安全保障」である。
10万人の市民がいれば、その10万人が飢えない食料を確保する面積を割り出し農振地区として保全する。これを他自治体も計画実践してもらえれば日本の自給率も向上すると考えた。
もちろん生産だけに目を向けず地場消費を上げるために「地産地消」の推進を掲げ、最初に手を付けたのは学校給食の地域内自給の向上であった。
JAや生産者の協力を得る中で、在来種の米を全学校の米飯給食用に切り替え、一年間に給食で使用される農産物をできるだけ地場産に転換、地産地消の流れを地域消費者への認知度アップに繋げた。

農業は国防である

戦後の飢餓から食糧増産に励んだ力強い農政も世界の様々な圧力に屈してしまった。
ヨーロッパ各国は関税以外に農業所得の9割以上を税金で賄い、政府が生産リスクを追うことで、農家が安心して農業を営めるようにしている。政府は肥料や農薬などのコストを補てんし、手元に所得が残る仕組みで国際競争力を高めている。
かたや日本の農家所得に占める助成金の割合は先進国で最低の30%程度である。
欧米は国内自給を守ることは国防と明確に考えているが、日本は輸入確保で国防が可能と考えているのだろうか。
 農業・農村の持つ多面的機能の維持・発揮のため、地域活動や営農の継続等に対して支援する日本型直接支払制度は、様々な縛りで現場の負担は増加するばかりである。
そもそも予算額を上回れば減額という制度はいかがなものか。
理屈優先の直接支払でなく、現場の声を聞き取り、欧米と同様に理解しやすい保護政策を望みたい。

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