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週間農林連載中:共感・協創の農村づくり4

農村の感性価値創造ビジネスを興す1
 地域課題を解決するため、多様なソーシャル・ビジネスを興すことが重要だ。農村を再生し持続していく上で、一集落のしがらみから脱却する新たな結い(農村RMC)の財源として運用できる協創のむらづくりを真剣に考えよう。
■地域公共再生可能エネルギーの活用
 長野県飯田市が2013年から制度化した「飯田市再生可能エネルギーの導入による持続可能な地域づくり」条例は、市民が主体となり区域の自然資源を環境共生的な方法で、再生可能エネルギーとして利用し、持続可能な地域づくりを進めるものだ。
条例の根幹に「地域環境権」(市民は再生可能エネルギーを利用した調和的な生活環境の下に生存する権利)を有する。とする全国でも初の試みであった。地域環境権
2004年に飯田市が先導して設置した「おひさまエネルギーファンド(株)」から始まった地産地消エネルギーを創り出す「屋根貸しソーラー発電」事業で軌道に乗せた経緯もあり、さらにそれを住民自治と繋げる事業に発展させていったものだ。
本条例を制定した背景は、エネルギー自治で持続可能なまちづくりを推進するもので、地域や市民生活に密接な関わりを持つ日光や森林、河川などの自然資源を再生可能エネルギーとして住民自治の力を発揮する場づくりをすると想定したのである。もちろん地区特性からマイクロ水力発電を行った地区もある。
基本はまちの電気屋さんがソーラーパネルを設置し、自治区と協定を締結。売電収益の一部を自治区がもらい、紐付きでない自由な金として地区の課題解決を図るものだ。
現在、事業累計では21の認定を行っており、その事業内容が、幅広く非常に面白い地域づくりとなっている。
活用事例では地区の公民館や学校、保育園などの公共施設の屋根でソーラー発電し、それで得た資金で公園づくりや祭り文化の保全ほか様々な地域づくりに活用している。面白いのはピザ釜と「週末居酒屋」を設置、他地区からも飲みに訪れるところがあったり、中学生が生徒会長選挙でソーラー発電を公約し当選。地区のPTAや自治会など巻き込み、中学校の環境教育や地域活動、さらに災害時の非常用蓄電所を設置するなど、生徒でも発案した事業が認定されている。まさに声高にSDGsを叫ばなくても、自然と実践に至る柔軟な事業設計は飯田市ならではとも言える。
中学生の発案では飯田のまちづくりの原点である「リンゴ並木」を思い出すが、行政や市民を巻き込む力が脈々と受け継がれているのかもしれない。
本来、行政財産を営利目的で目的外使用はできないが、飯田市は太陽光発電事業が広く公益に資するとし、全国に先駆けて認めてきた。2013年、総務省は「行政財産の目的外使用許可について」の通達で、太陽光発電用のソーラーパネルを設置するのは「行政財産の効率的利用の見地から、その用途又は目的以外の使用を認めることとした制度の趣旨に沿うもの」と認めた。
ここで重要なのは、行政があくまでも市民をサポートする側に回りながらも、単なる助成事業でなく市民と創発に対し、事前の環境整備を行っていることである。つまり本来の自治である「市民が考えて行動する」ことを第一に考えているのだ。
この仕組みで年間7000万円余の経済効果が発生しており、環境がビジネスになることを証明している。その果実がローカルコミュニティの暮らしを向上させる事業に振り向けられており、地域づくりに昇華させていることに注目していただきたい。
■コミュニティカフェの重要性―地区の縁側づくり-
かつて田舎の家々には、玄関でないけれど人が訪れ、談笑し茶を飲み昼寝をする場所としての縁側があり、家の中外のどちらにも属さない公共空間が存在していた。
全国各地で「お茶のみ、お茶っこ、こびる」など様々な呼び名があるが、お茶どきには面識が無くても「お茶を飲んでいけや」と呼び止められた。そこには大抵、役場職員や郵便局員、農協職員が呼び込まれており、地域の祭事や冠婚葬祭に始まり、どこそこで嫁を欲しがっている。あそこの年寄りが寝込んでいるなどの情報から、今年の天候、作柄、興が乗れば下ネタ話まで大らかに語られ、いつしか次の仕事のネタ仕入れになっていた。まさに人と人、情報の交流空間であったわけだ。だが近代の家から縁側が消え、古き良き交流空間から居住空間重視となり、農村コミュニティも同時に希薄となっていった。では現在、それに代わる情報交換ができる場所はあるだろうか。
雲南市三刀屋町の「笑んがわ市」は、まさにその「縁側」を再現した「地域商店」だ。店舗に隣接するスペースにはお茶コーナーがあり、店舗運営している女性たちがその日作った漬物や煮物などを持ち寄ったもので、お茶代を払えば誰でも飲食でき、高齢者が談笑している。
三重県大紀町野原地区のコミュニティカフェ「喫茶おはづき」は、地元高齢者にとって居心地の良い場所らしく、朝から昼まで居座る看板ばあちゃんがいて会話を楽しみに通ってくる。
コミュティカフェは地区の高齢者の見守り活動にも繋がっている。いつも通ってくる高齢者が訪れなければ、地区の世話役はきっと心配になり家に訪ねるだろう。地域福祉とはそういうもので、田舎こそカフェやサロンが必要であることを如実に物語っている。
情報交換や人の関係性を高める空間を再生する時期が来ている。
地区には廃校や保育園、JA暮らしの店などの遊休施設があるはずだ。かつての縁側がなければ、地区の新たな縁側として遊休施設を活用すれば良い。
■「暮らすター集落」の形成
高齢化率50%を越える集落や小規模町村は創意工夫を懲らして、公益的任務を担い集落の維持保全に努めている。たしかに「もう構わないでくれ。年寄りばかりで動けない無理だ」と自ら動かない集落もある。それは行政がサービス業の名の下に高コストの依存体質を作ってしまったことが遠因である。
農村集落コミュニティの問題は、基本的に集落民自らの問題だ。それゆえにコミュニティの古い体質や過去の常識を見直すことが大切となる。
農村へ移住したいと考える人たちが、都市で取得する情報は何らかのバイアスがかかっており、実際に訪問して初めて「違うじゃないか」となり移住を躊躇するケースがある。
表層だけ捉えた見聞では暮らしもコミュニティも理解できないのだ。事ほどさようにコミュニティの常識は、内在するもので外部からは理解できないばかりか共感もされないのである。
長野県小谷村の大網集落では、「子どもの頃から相互扶助で暮らしてきたから当たり前と思っている。総代がいることの一番は、むらがまとまること」と高齢者は言うが、移住者が増えてきたことで総代制度に歪みが生まれた。総代選挙の投票権を有する住民は、先祖から共有林の権利を受け継いだ家であり、1/4を占め集落には欠かせない存在となった新住民には何の発言機会がなかったのである。
そこで2008年「集落から出ていく者は共有林の権利を放棄し、集落に移住した者に権利を付与する」という大胆な自治組織の改革案を集落の役員会に提示した。将来の集落を維持するために移住者の自治参加を働きかける内容だったが、権利だけ所有し都市で暮らす者から、土地資産を失うことに猛烈な反対があり一度は頓挫した。
しかし2011年、祭り一つも重荷となり「もうやめればよい」との声が聞こえ始め、ようやく総代会を解散し、共有林組合と集落は別組織として、集落のまとめ役は区長を中心とする自治会に変わった。
農村コミュニティが、「住民一人ひとりの心身の健康、生活するための経済的な健康、コミュニティの健康」という3つの健康要素を備えていれば、移住・定住も進むだろう。
こうしたことから今後は、多様な主体を吸引し繋ぐ機能を有する「新たな結い」組織が求められる。組織ではハードやソフトのマネジメントだけでなく、公的活動や経済活動に関係なくむらづくり活動の一環として位置づけ、人材育成、住民主体のまちづくりを推進し、それを地域づくりに溶け込ますことが使命となる。
ゆえに「小さな拠点」を単なるインフラ整備と考えてはいけない。隣の集落と集落のあり方と住民の暮らし方を相互にリンクさせ、機能分担や様々な共同化を行うことも重要だ。自分が暮らす場所は何があり、何が欠けているか。隣の集落にあり自分の集落にないものがあるか、頑張っていることなどをリサーチして、互いが有する資源を共有すれば良い。地域商店や直売所があれば共同仕入れでコスト削減も可能だろう。
一つ一つの農村集落が自立するための機能と役割を有し、葡萄の房(クラスター)のごとく互いに補完し合えば、芳醇な薫りを放つ地域ができあがるはずだ。
農村集落ネットワーク(暮らすター集落)を形成して、しなやかに持続する集落になろうではないか。

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