GIとは「伝統的な生産方法や気候・風土・土壌などの生産地等の特性が、品質等の特性に結びついている産品が多く存在しています。これらの産品の名称(地理的表示)を知的財産として登録し、保護する「地理的表示保護制度」だ。
重要な点は特定の産地と品質等の面で結び付きのある農林水産物・食品等の産品の名称(地理的表示)を知的財産として保護し、もって、生産業者の利益の増進と需要者の信頼の保護を図ることを目的」とする「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(地理的表示法)である。
現在86品目が認定されており、もちろん松阪牛や神戸ビーフなどお馴染みのブランド牛だけでなく、鳥取の砂丘らっきょう(鳥取県鳥取市福部町内の鳥取砂丘に隣接した砂丘畑)や夕張メロン(夕張市)、市田柿(長野県飯田市、長野県下伊那郡ならびに長野県上伊那郡のうち飯島町および中川村)など地理的表示保護制度の導入で、生産業者の利益の保護を図りつつ、農林水産業や関連産業の発展、需要者の利益を図るよう取組を進めている。
このGI制度は、ヨーロッパ発祥の原産地表示(特にワインやチーズ)を参考しているが、土壌や地形、水、気候などに加え、技術や知恵、伝統や歴史文化が融合したもので、他の地域では形成できない唯一無二の味わいや風味、品質が重要な要素となっているが、日本の制度は技術や歴史などの文化的価値をないがしろにしているとしか思えないザル法となっている。
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「八丁味噌」は愛知県岡崎市八帖町の旧東海道を挟んだ「まるや八丁味噌」と「カクキュー」の2社で生産されている長期熟成させた豆味噌を指す。湿気が多い気候を逆手にとり、保存性を高めるために先人が編み出した『木桶、石積み、二夏二冬』の伝統製法を今もかたくなに守っており、重しとする川石(一個50kg以上)の積み上げは、震度3の地震でも崩れなく詰めるまでに10年の修行が必要とのこと。
この2社は制度が施行された2015年6月に登録申請を行ったが、名古屋に事務所を置き県内全域を産地とする愛知県味噌溜醤油工業協同組合も同様の申請が行われた。農林水産省は「岡崎だけでなく、県内全域で長く生産されてきた」と両者に一本化の条件が出された。しかし2社は登録された製法では、豆味噌を造れば全て八丁味噌を名乗れると判断、2017年6月に申請を取り下げた。
ところが農林水産省は昭和初期に県内で生産が広がっていたとして、県味噌溜醤油工業協同組合からの「八丁味噌」のGI申請を2017年12月に認めたのだ。
中国産を排除したいとする農水省の気持ちは分かるが、土地由来の条件も製法もまったく異なる味噌で伝統製造でなくても、歴史に関係なくてもOKというわけだ。
農林水産省は「岡崎市では範囲が狭すぎる」が名目だが、「本物」を除いた県組合にGIを付与し、室町時代から続く八帖町の味噌蔵は、「本物」なのにEUでは八丁味噌を名乗れず、国内でもGIマークは使用できないと言う「訳分からない」状況となってしまった。
2社は2018年3月に不服審査請求を同省に申し立てたが、政府はあの悪名高い「閣議」で2社が「愛知県味噌溜醤油工業協同組合」に加入するか、生産者団体として追加申請して認められればGI表示ができるとの答弁書を決定したのだ。
諮問を受けた総務省の第三者機関「行政不服審査会」は、農水省の「請求は棄却すべきだ」と審査会に諮問するも、2019年10月、農水省が登録した八丁味噌には他地域の豆みそとの違いや特徴を裏付ける具体的な資料がないと指摘し、2社との製法の違いに着目した検討も不十分だとし、請求棄却は「現時点では妥当ではない」と答申した。
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読者の皆様はどう思いますか?
例えば農水省が「範囲が狭い」としますが、奥州市前沢で生産される「前沢牛」は奥州市の前沢地区という極めて小さいエリアだし、夕張メロンも夕張市だけだ。範囲が狭すぎるという理屈は通らない。兵庫県も但馬牛と神戸ビーフの二つに分けて登録している。
八丁味噌の生産は2社が1000㌧、県内他社は600㌧であり、どう考えても摩訶不思議な裁定である。
地域の食文化を軽視する政府の姿勢は、他の文化行政のあり方にも様々な問題を引き起こしている。日本文化を切り売りし地域を消耗させるインバウンドは最たるものだろう。
日本国内では本当に残すべき伝統技術・工芸や伝統文化が危機的状況だ。様々な形で人が介在してきた「本物」は、その価値より経済に負けて衰退の一途を辿っている。
「首里城」が消失したことに日本全国が泣いた。しかし八丁味噌の石積みの美しさは消えても問題ないのだろうか?“偽ザ・ジャパニーズ”が格安ショップや観光地土産で蔓延しても大手が儲かれば問題ないのか?