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地域再生のための観光とはなにか-横道編1~祭りはイベントでは無い

http://tiiki-saisei.jp/978/ で書いたものを補強します。

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飯田の中心市街地で今年も「獅子舞フェスティバル」が開催され、近在のまちむらから屋台獅子を一堂に集めてお披露目するイベントだ。このフェスを立ち上げて頑張る方々は、満足しているかさらに大きくしたいと考えているだろう。

その一所懸命を頭から否定するつもりは無いが、人によっては「どうなんだろう?」ともやもやした感が残ったようだ。

そもそも中心市街地に集めること自体は中心市街地の商人が頑張るべきで、かつての飯田の街の商人が羽振りを効かせていた時代は、街を盛り上げるためにそうしたこともあっただろうし、7年に一度の「お練り祭り」では事実、参集している。

しかし中心市街地は力を失い、中心市街で行われる祭りやイベントの大半は、商店主自ら主体となることが皆無となったところに、都合良くイベントが舞い込めばしめたものだ。

こうして商店街の外部依存は続くが、自助努力で頑張る意欲はどんどん落ちていく。シャッターが降りるのは、歯を失うようなもので、次々と連鎖し、モノを噛めない状況で、それは体全体の健康を損なうことになる。歯みがきも毎日しないと歯や歯茎に影響が出る。

つまり商店街は個店で頑張っても限界があるわけで、連たんしてこそ魅力有る商店街となるし、歯抜けに駐車場などは商店街が潰れる兆候でしかないのだ。

◇祭り=イベントではない

さて余分なことを書いたが、そもそも伊勢で獅子舞は飢饉や疫除けに獅子頭を作り、正月に舞ったのが発祥とされる。それを伊勢講御師が江戸でのPRに活用。そしていつしか伊勢流(伊勢大神楽)や熱田流(江戸大神楽)が全国行脚することで、各地に都着していった。

飯田下伊那の獅子舞は、ほぼ伊勢流で最近は観客ウケする、どこの流派でもない獅子舞も出てきたが、これは各地でオリジナルの獅子舞ができてきたものと同様だろう。

祭りの語源は、尊い方にお仕えする「まつろう」や神のお側で奉仕する「まつらふ」に由来すると言われる。なぜ人々は祭りをするのか?このことはいずれ別に機会に書きたい。

さてさて、では秋祭りとはなんぞや?

大地に豊穣をもたらした「田の神」を癒やし、感謝し、神様に喜んでもらうために鳴り物や舞を披露する。神様を歓待する出し物は神楽や舞など全国各地で様々だが、神様と伴に一献を交わしつつ「来年も宜しくお願い致します」と念ずるのが秋祭りだ。親たちが地区が一体となって神様を「おもてなし」する姿を子どもたちは見て、コミュニティの大切さや感謝する気持ちを学び、脈々と繋いできたものが現在地域に残る大切な祭りなのだ。

今それを、どれほどの人が考えているだろうか?単なる「お祭り騒ぎ」になっていないか?

神事が祭礼になり、提灯や幟の登場や山車、カラクリ、花火などが加わり常に変化してきた。ましてや信仰や地域文化に依拠しない外部目線の観光に頼る「まつりイベント」は、テーマパークと同様でリニューアルし続けないと客足が鈍るため次第に大仕掛けとならざるを得ない。

宗教的儀礼とは全く無関係なお祭り騒ぎイベントと成り果てた「祭り」は、観光収入や企業の思惑に左右され、地域コミュニティを保全し未来を創る力がないことを地域住民は認識し、本来の風土から醸し出される地域づくりを推進しなければならないと考える。

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