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よこね田んぼを残そう(2)

地域ぐるみの活動を継続させる仕掛けと仕組み
「よこね田んぼ」の取組にはいつくかの仕掛けを施した。
一つは前回に書いたように棚田オーナー制を採用せず「交流田」としたことだ。知名度のない小さな棚田の取組を多くの人に知ってもらうには少数の固定的なオーナー制度より、だれでも参加可能にすることで、より多くの人に知ってもらえると考えたからだ。たとえば100平方mを100区画に分けた棚田のオーナーを募集したとしてみよう。交流の広がりはオーナーの家族や友人を含め、せいぜい500人程度が限界である。誰でも参加できる仕組みとすれば、多様な交流の広がりは1000人を超えると試算した。これでたくさんの人たちに棚田や農村について理解してもらうことができるわけだ。
実際に地元の子どもたちと体験教育旅行の都会の子どもたちが一緒に農作業する場面もある。むらのこどもたちも昔に比べれば農作業を手伝うことはめっきり少なくなったが、それでも農作業をさせると、都会の子どもよりも地元の子どものほうがやはり慣れている。だから一緒に田植えなどさせると、地元の子が都会の子に作業のコツを教え、「自分のほうが知っている」と自信を持てるし地元資源を誇らしく思えることにつながる。
屋根も仕切りも黒板もない空間が、最高の教室になる瞬間でもある。
次の仕掛けは体制づくりであった。
小さいとはいえ棚田。人力に頼らざるを得ない。保全委員会のメンバーだけではとても世話ができないため、下図の組織を考えた。

委員会は企画・調整を主務として、その下に農業委員や自治会役員OBと地区の有志による「よこね会」という現場の実行部隊、さらにその下に市内外のボランティアによる「よこね田んぼを守り隊」(私の命名)を呼びかけた。
田おこしや畦ぬりは大人中心の作業だが田植え稲刈りのメイン作業は子どもたちの出番。千代地区の保育園と小学校2校、中学校1校、市内の小学校や農業高校、そして体験教育旅行で飯田を訪れる都市の中学生たちだ。農作業を喜々として行う姿にインストラクター役のよこね会メンバーが破顔する。これが来年も保全しようという力に変わるのだ。

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