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飯田型ツーリズムの基層?日本型グリーン・ツーリズムの源流

学生村は宮本常一が見聞したように全国で盛んに行われていた。しかし南信州や愛知県設楽郡などの学生村が、山村の自立ツールとして模索した一方で、自治体の多くは観光ツールと捉えていた。

長野県北部の飯山・戸狩・白馬・大町・青木・乗鞍では1950年代頃にスキー場を開設しスキー観光を推進していたが、冬期のみの民宿では経営が不安定なため、スキー民宿のオフ期活用の収入源として、この夏期学生村に参入していた。当時長野県職員であった「しんきん南信州地域研究所」の吉川芳夫氏は当時、長野県内で受入が盛んであった青木村の学生村を視察し、南信で行っていた形態とあまりにも差異がること愕然としたという。

1991年、スキーブーム終息により長野県下のスキー場は危機的な状況を迎えた。学生村から発展していったスキー民宿も、宿泊客減少により経営に陰りが出てきた。この危機を脱するためグリーン期に農村へ癒しの旅を提供するという、飯山を発祥とする日本型グリーン・ツーリズムが産声を上げた。

その頃飯田市は、北信中信と比較し大型スキー場や観光施設、スキー民宿がない中、普通の農家で宿泊し暮らしそのものを体験してもらう形態のツーリズムを確立していった。

長野県北部のスキー民宿を核とする観光ビジネス型グリーン・ツーリズム、南信州の農家民泊をメインに過疎山村の自立型ツーリズムという異なる取り組みの発生は、高原学生村がターニングポイントであったことを示している。

現在2つの大きな潮流となった新たなツーリズムは、このように成り立ちが違うものの、地方で発想し地域の生きる術として湧き上がったものなのである。

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