今、地域では「何が重要なのか」
自治体は360度あらゆることに目を向け施策を打つ。条件不利な場所、弱者、地域活性化など優先度がつけられない。終いには「全部大事なんだ!」となります。
自治体トップも自分のレガシーを残したい。そんな自分ファーストの首長を洗体したのは住民なのですが、職員はトップが変わっても地域の「守人」として、退職するまでは、じっくり越を落ち着けて住民本位の施策を粛々と行って欲しいと思っています。
基本的なインフラ整備は必要です。子どもが減り保育園や学校が消滅する。商店街は買い物客が減る。地域活動もままならない地区が増加する。でも大都市並み大型で華美な施設は必要でしょうか?
まして自分の城づくりに大型予算を付けるなど住民の生活から乖離した事業を実施あるいは計画しているようでは地域の未来に責任を持てないでしょう。
縮重する人口、それに伴う地方自治体の収入不足の中で、そろそろ取捨選択が必要でしょう。
■どこかで「流れは変わる」
若者に希望が見えない、ワクワク感がない地域は、これから生き残れません。ある意味で今での常識一度、否定しなければイノベーションは生まれないのです。
私はすべての地域を見ていないし、地域立地も現状もわかりませんので、どうしても偏った情報の中でしか言えませんが、皆さんの地域の課題解決を「すべてはできない」ということです。地域課題を解決するには、居住する地域の方々しかいないのです。
お上の下請け機関として機能した自治組織も、もはや闇雲に維持することに限界がきています。自治組織を維持する明確な理由を明示しつつ、行政と自治組織が協働できる環境づくりや、公助による負担軽減、緩やかな共助ネットワークへの再編を検討すべき時期がきたのです。
以前も過疎地域や限界集落と言われるところは、単一の課題で無く複合的な劣化システムと書きました。そこで重要なのは、現在“実質の自治機能”が存在しているかという点です。
つまり「縮退スパイラル」が地域で起きているのです。この状態で、移住促進とか観光振興などの施策は効きません。一番大事な地域の関係性が希薄になっているからです。
そこで最初に手を付ける施策は、インフラではなく「場」を再生することです。例えば月1回の集落カフェを開催するとか、内外の人を集めて農林作業を行う、空き家の活用実験、子どもと高齢者の交流など「人が関わりあう仕組み」づくりが重要なのです。
次が地域内産業の再設計です。これは地域の食をベースとした加工やジビエ、特産品づくりです。また地域の学びを体験(自然・農業体験、農泊など)として提供することが良いでしょう。
しかし力が衰えた地区や集落では、その実行は難しいです。そのため行政として、地域のファンづくりや二地域居住へ向けた誘導施策を実施することです。特に地元出身者を呼び寄せるような取組が大切です。
「世界がもし100人の村だったら」(2001年)という書籍がヒットしましたが、現在本当に自らの自治体が100人の村になるかもしれません。
とは言っても集落維持の目的は「人口増」ではなく、地域が自ら決められる力を取り戻すことです。ただそれは、行政依存ではなく、住民・関係人口・事業者・行政が協働する
「関係自治」への移行と考えてください。
人口100人の集落が1000人に戻ることはほぼありません。今後の農山村は「消滅を防ぐ」のではなく、「縮みながら豊かになる」方向性が重要になります。
100人の集落が、今後50人になっても、人や仕事、学び、交流を循環させ生態系として再編集することが生き残りの核心です。
従来の集落(コモンズ)は、共有林などを基盤とした資源の共有管理から成り立ってきた経過があります。その資源管理を維持している事例に長野県の北端に位置する「野沢温泉村」があります。村人は共有林という資源を、温泉とスキーの観光振興に転換していったのです。外湯は村人の共有財産として「湯仲間」制度により守られてきました。共有林地帯はスキー場として開発し百年の歴史を重ねてきました。
行政の課題は他産業が乏しい村への発言力が強いことかも知れませんが、共有林の利用権総有が力を持つとこうなるのです。

