かつて民俗学者・柳田國男は語った。
「山村が単一の生業に依存することは、きわめて危険である。暮らしの中に多様な営みを取り入れることこそが肝要である。稲作や養蚕に偏った農業が急激に山村に広まれば、やがて山村の根幹は脆弱となり、衰微の兆しが現れるだろう」と。
近年、自治会の役員に名乗りを上げる者もなく、寄り合いすら開けぬ地域が増えつつある。
子どもは減り、地域を支える人材も姿を消し、果たして地方は何を代償に、何を手に入れたのだろうか。
江戸の昔より、東京を支え続けてきた地方の構造は、今なお大きくは変わっていない。
金も人も地方から吸い上げられ流出する現状において、地方の再生など夢のまた夢である。大都市や大企業に奉仕した結果、地域は「質的栄養失調」になっている。
栄養失調のところでは子どもも文化も育まれない。
過去を懐かしむだけでは、未来は拓けない。
この流れを断ち切るためには、東京を凌駕する魅力を地方自らが築き上げねばならない。
何より、今を生きる我々には、先人より託された“バトン”を次代へ繋ぐ責務がある。
その責務を果たすには、単に現状に順応するのではなく、社会の幸福の基準そのものを見つめ直し、未来を主体的に創り直すことこそが求められるのである。
地域が自立し、互いに補い合う関係を築くためには、それぞれが担うべき機能と役割を明確にせねばならぬ。
我々が今日享受している恩恵は、すべて先人たちのたゆまぬ努力の賜物である。
ゆえに、いま恵みを分かち合うという行為は、先人への感謝を形にする“恩返し”であり、次代へ希望を手渡す“継承”に他ならない。