2015年12月31日、まもなく羊が去り、猿がやってくる。
米国の雑誌「LIFE」に登場し以前から人気の志賀高原「地獄谷野猿公苑」のスノーモンキーに加え本年は名古屋市東山動物園のイケメンゴリラが人気となった。きっと年賀状に使用している方もたくさんいるでしょう。
私の今年の重(10でなく)大ニュースのトップ3は、安保法案、TPP、原発再稼働。選外だが、VWのディーゼル排ガス不正事件と東芝の不正会計問題は、独と日本の巨大企業の経営陣がいかに儲け主義で嘘を付くかを立証したこと。まあ五輪関連の数々の問題も選外だが、もう情けないやら恥ずかしいやらと言った感がある。
我田引水では日本の政治家も負けていない。企業・団体から政治家個人の政治団体への献金は、政治資金規正法改正で2000年から禁止されていても、国会議員から地方議員まで「迂回献金」で金を集め規制は骨抜きだ。
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本年は地方創生元年。私は独立してからずっと地域創発で動いており、今年も28都道府県91市町村を訪問した。
その中で感じたのは地方創生でばらまく金が考えない行動しない市町村を生き延びさせる。
本当に自立させるには非常に甘い制度だと言うことだ。
かつて多くの農山村は養蚕と農林業で生計を立てていた。地方に資金環流の経済システムと分配機能があり地域が潤っていたが、1960年代からの高度経済成長期を経る中で、農山漁村は自らの地域の担い手を大都市へ送り出す人材供給基地と化し、地方経済システムや分配機能も破壊していった。
都市と地方の様々な格差は拡大する一方で、アベノミクス効果は地方において何ら効果を発現せず、高度成長期以上に地域の若者は都市に流れ、地域の暮らしを支えてきた地場産業や集落コミュニティをはじめ、日本の「ふるさと」がメルトダウンの様相だ。
人口減の問題は突然に発生したわけではない。少なくとも現状で20年後の人口構成は判断できるのから、以前から子どもを産み育てやすい対策や過疎高齢化する地域の対策を正しく立てることができたはずだ。
国はそうした対策を怠り今になって、地方の人口減少を盾に、地方創生で市町村を不安に陥れさらなる中央集権化を進めている。
机上のシミュレーションを立てても計画だけでは子どもは生まれないし、地方を暮らしやすくするのは大手量販店やコンビニを呼び込むコトでも、活性化施設を建てることでもない。
ドラスティックな変革とまではいかないが、各地方自治体の力量次第、トップの決断と職員のやる気で、大枚をはたかなくてもできることは山ほどある。
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地方創生は、地方がもっと賢くならないといけない。
地方創生で各自治体がいろいろな考え方で活性化させようともがいている。
若者から高齢者まで誰でも良いから移住してくれと獲得競争も盛んだ。
政府は「小さな拠点づくり」を奨め、住み替えを示唆するが、そこで生まれ育ち歳を重ねた人にとっては、大切な「ふるさと」であり、行政効率や費用対効果だけで、終の棲家を奪ってはいけないと思う。
しかし一方で地域コミュニティが江戸時代で受け入れはできず、再生不可能なところもあるし、道が狭い場所が悪い、行政が要望を聞かないと文句を言うだけで自ら考えて行動しない住民たち。だから私はそうした集落に対して「集落の終活」を勧めてきた。
TPPで騒がれた「米」。日本人は稲作が普及するまで定住でなく移動していた。世界でもっとも優れた食糧である「米」が人を土地に縛りつけた。今、その米食が減っており、米は牛豚が食うものに成り下がりつつある。
社会構造的な地域課題を克服するには、従来施策の延長線ではなく、未来に向けて従来の経済観念とは無縁であったものから産み出されると考える。
もう一度自然や人間の生命の営みがこの世界をつくっているのだと宣言できるような社会をつくり直さなければいけない。
「無価格の偉大な価値をもつ風土を活かして『連環式経営』をつくり、衣食住全般にわたって地域自然の恵みを取り入れる『風土生活』を築く」と三澤勝衛は論じており、今に置き換えれば「エコ生活」のすすめと言える。
地域が自立して生き残るには地域環境に優しく風土を活かした「エコ生活」の実践だろうと思う大晦日である。