「守る」とは何を意味するのか
「撤退=敗北」と「地域を守る」ことが、日本社会では混同あるいは同一視されているように感じる。
特に「撤退」という言葉自体が、放棄や失敗、責任放棄と取られやすく、政策的にも正面から議論されることが忌避されているかのようだ。
撤退を敗北とみなす立場は、撤退は軍事戦略を始め、災害適応や縮小都市論において、不可逆的条件下での能動的適応として正当化されてきた。
防災政策の理論史では、かつては堤防強化や構造物整備による「防御」が中心であった。
しかし、災害リスクの増大と不確実性の拡大により、被害回避を目的とする立地転換、すなわち計画的撤退(managed retreat)が合理的選択肢として正当化されており、撤重退は「守り続けることの非合理性を認識した上での適応」と位置づけている。
近代以降の地域政策は、人口増加と経済成長のもと、インフラ拡張を前提とした「前進モデル」に依拠してきた。
しかし人口減少と高齢化が不可逆的に進行する社会となった現在、このモデル自体が成立条件を失いつつある。
存続を前提とした延命策を重ねることこそが、結果として自治体の持続性を損ない、住民生活の質を低下させる可能性がある。
しかし縮重・縮退が続く地方自治体は、税源の不足が顕在化していても、公共機能や集落機能の縮退は、行政サービスの後退として否定的に捉えられる。
だがそれは、暗黙のうちに地域は維持・拡張され続けるべき存在であるとの前提に立脚し、すでに成立しない時代条件に基づく価値判断の延命にすぎない。
1970年代以降、環境制約や財政制約の顕在化に伴い「制御された縮小(
controlled decline/managed reduction)」という発想が登場した。
この潮流の中で、計画とは「拡大を設計する行為」から「不可避な縮小をいかに管理するか」へと役割を転換させた。
縮小都市研究では、人口減少そのものを「失敗」と捉える立場を理論的に否定しており、無秩序に放置することが政策的失敗であり、縮小を前提に再編を行うことが計画の責務とした。
この文脈において縮退・撤退を「自治の敗北」ではなく、計画の不在を回避するための積極的行為として再定義。
地域を単なる居住空間と固定せず、その地域を存続させる「形態転換」であると捉え直した。

