このたびの集中豪雨により、各地で甚大な被害が発生しました。被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。特に九州は北海道と並び、日本の食を支える重要な地域です。本年の米も刈り取り間近であり、被害は計り知れません。
消費者の皆さんには、「野菜が高騰した」「米がない」と嘆くだけでなく、被災地の農家に思いを寄せていただきたいと思います。
泥に覆われた田畑は、見た目を整えるだけでは元に戻りません。先人が何百年もかけて耕し、育てた豊かな土壌を再生するには、数年単位での土づくりが必要です。
その間、収量も収入も減少します。
日本の農業は、自然との調和の上に成り立ってきました。
しかし近年の猛暑や豪雨といった異常気象は、その調和を脅かしています。それでも農村は、自然環境を守り、次の世代へと引き継ぐ責務を負っています。これを失えば、日本の未来はありません。
戦後の食糧難の時代、「増産のためなら自然破壊もやむなし」という政策の下、農家は酷暑も厳寒もいとわず耕し続け、日本経済の成長を陰で支えました。しかし社会が成熟すると、農業の重要性は口で語られながらも、実際には軽視され、農村は隅に追いやられてきました。
一部には「田んぼを集めて大規模経営にすれば解決できる」との意見もありますが、それは平地農業に限られる話です。農業は単なる生産活動ではなく、環境そのものを守る営みです。田んぼが持つ「ダム機能」により、洪水は防がれてきました。しかし田んぼが減少すれば貯水機能は低下し、下流域の水害リスクが高まります。近年の都市部での洪水の一因はここにもあります。
農家の高齢化と離農は止まりません。
休耕田を再び稼働させるには、新たな担い手が不可欠です。
そのためには、農業を志す若者が安定して営農できる金銭的基盤を整える必要があります。
政府には、若者が農林業を魅力ある職業として選べるよう、具体的で実効性のある政策を打ち出す責任があります。
海外では、農家への直接支払いが食料安全保障の柱となっています。フランスは年間約480万円(日本の3.6倍)、アメリカは約1,424万円(同10倍以上)を支給しています。こうして農家は安定した所得を得て再生産が可能となり、農産物を安価に供給し、輸出も盛んです。
中山間地域には、スイス型の助成制度が適しています。環境保全や景観形成を目的に、生産を続ける農家にはほぼ100%の助成が行われています。その結果、生乳は安く消費者に届き、酪農家は安定した所得を得て再生産が可能です。アルプスの美しい放牧景観は、こうした制度によって守られています。
日本で食糧危機を防ぐためにも、農家への所得保障は欠かせません。それは自然と文化を守り、未来の食卓を支える国家的投資です。農業を守ることは、単に食料を守ることではありません。地域を守り、文化を守り、そして私たちの命を守ることなのです。


