一覧たび談

自分が今していることは有益か無益か

マスク生活で女性らは顔の下半分の化粧を簡略化しているという。
テレワークでスーツやネクタイ着用も減ったかも知れない。
日常でルーチンワークのように行ってきたことは有益なのだったのか、それとも全く無駄だったのか。
ニューノーマルと言われる「マスク、手洗い、3密回避」が日常となるこうした機会だからこそ、考えてみるのも良いかも知らない。
自分は「何を目標に生きているか?」
自分がしている仕事は「何に有益なのか?」それとも「全く無益な仕事なのか?」
ドフトエフスキーは「何から何まで徹底的に無益で無自覚な労働を一生科すことは、最も恐ろしい罪」と言った。
十分に意味を理解せず、与えられた仕事を淡々とこなしている人、例えばコピー取りや全体の意味も分からず、数字をたたき込むパソコン業務。事件になった愛知県知事のリコール署名をバイトでやっていた人など、本当に自分の人生に有益だろうか。
もちろん今日の糧を得るために「そんなことを考えて仕事を選択できない」という方もたくさんいるだろう。
だがせっかく仕事をするのだから、手や足を動かしながら、そこから自分に問いかけてみてはいかがだろう。
コロナ禍で生活や意識が急激に変化している。
世間のできごとや政治も混迷する中で、自分の立ち位置を確認することもできるはずだ。
私は身動きもままならない、この苦痛に身を任せ、ケセラセラな生活を送っている。

娘から「仕事の山を越えたから、田尾の部署で頑張っている仲間に会いに行く」とメールがあった。
周りから頼りにされ、相当の激務だったようだが、新しい社内ネットワークができて自分の財産になったと言う。
コロナ禍で社会的にも会社でも孤立のリスクが高まっているが、業務の苦痛と違った視点から向き合おうとしており、これも未来に向けてのプラスになっていると自然に思えるようになることが大切だろう。

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