一覧「縮重社会」で自治を再定義する

「縮重社会」で自治を再定義する(4)

過疎山村の撤退・縮退を「負債」にしないために
かつて農村集落を支えていた仕事は、金銭で測れるものではなかった。
田の水を見に行くこと、道を直すこと、祭りを続けること。
それらは利他の精神から生まれ、農村社会の土台を静かに支えてきた。
しかし高齢化率が50%を超える集落では、その前提が揺らぎ始める。
役割を担う人が減り、共同作業は回らなくなり、集落自治そのものが機能不全に近づいていく。
実際、ある自治体で複数の山村集落の人口動態をシミュレーションしたところ、2050年には「消滅」と判定された地区もあった。
問題は、消えるかどうかではない。
「さみだれ離村」が進んだ先に、何が残るかだ。
人が去り、管理主体を失った墓地や神社は、やがて荒れ、忘れられていく。
現場を見れば、それが机上の空論でないことは明らかだ。
かつて祈りの場だった空間が、誰の責任でもなく朽ち、廃墟や“物見遊山”の対象になる。
それは、地域が静かに負債化していく過程でもある。
だからこそ重要なのは、縮小や撤退の是非を問う前に、
何をどう守り、どう記憶するのかを、集団として決める機会を確保することだ。
日本的な感覚において、先祖伝来の土地を離れることは「許されない選択」と感じられやすい。
神社や墓地は簡単に移せず、結果として人のいない場所に取り残されることも多い。
過去の集団移転跡地が、管理されぬまま放置されている現実は、その痛みを物語っている。
だからこの議論の本質は、「縮小するか、移転するか」ではない。
どのように土地との関係を再構築するかである。
象徴的空間として残すのか。
記録として継承するのか。
定期的に訪れる「帰る場所」として関係を保つのか。
たとえ撤退という選択をしても、その集落との関係を断ち切らない設計は可能だし、それこそが先祖への責任を果たす唯一の方法でもある。
無言のうちに崩壊させないこと。忘却に委ねないこと。
ここには、日本的倫理と計画的撤退が接続しうる余地がある。
この意味で撤退とは、「土地から完全に切り離されること」ではない。
それは、土地との関係性を編み直すプロセスだ。
この再編が伴って初めて、計画的撤退は肯定されうる。
そうした可能性を示した代表的な事例が、兵庫県丹波篠山市の丸山集落である。
茅葺きの家並みが残るこの集落は、明治16年(1884)には11軒50人が暮らしていた。
昭和30年代以降、仕事を求めて都市へ移る人が増え、2008年には5世帯19人、高齢化率約55%、12戸のうち半数以上が空き家という危機的状況に陥った。
そこから丸山集落は、「再生か、消滅か」という二択を越える道を選ぶ。
住民と外部団体による調査と学びを重ね、空き家再生に着手。
2009年、「集落は家族である」という理念を掲げ、集落NPO「集落丸山」が設立された。
放置家屋や遊休農地、荒廃山林を「個人財産」ではなく「共有資産」と捉え直し、相続者に代わって集落全体で協働管理する。
それは、所有から関係へと発想を転換する試みだった。
象徴的なのは、代表・佐古田直實氏の言葉である。
「10年後に続けるかどうかは、次の世代に委ねたい」
あえて組織に“終わり”を組み込み、継承できなければ崩壊しても致し方ないという覚悟を示した。
それは楽観でも無責任でもない。
「地域は必ず存続すべきだ」という呪縛から自由になるための、誠実な選択だった。
地域は、無条件に存続し続けるべき存在なのか。
公共施設は、必ず残さなければならないものなのか。
こうした前提そのものが、人口縮小社会においては、改めて問い直されるべき対象である。
撤退や縮退を「負債」にしないために必要なのは、消さないことではなく、関係を絶やさないことだ。
そのための計画と覚悟こそが、これからの過疎山村に求められている。

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