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「縮重社会」で自治を再定義する(1)

最近、自分の住んでいる街で「あれ?」と思うことはありませんか? 古くなった道路の工事がなかなか始まらなかったり、近所の公共施設がひっそりと閉鎖されたり。
いま、日本中の自治体が「人口減少」と「お金の不足」という、かつてない二重苦に直面しています。 私たちは、これまで当たり前だった「右肩上がりの成長」から、どうやって賢く、誇りを持って縮んでいくかという「縮重社会(しゅくじゅうしゃかい)」の真っ只中にいます。
特に農山村では、状況はより深刻です。 草刈りや水路の管理、お葬式の助け合い……。 そこには「住む場所」だけでなく、守るべき「暮らしの仕組み」があります。 でも、それを支える人がいなくなれば、集落は維持できません。
そんなとき、多くの政策は「どうにかして存続させよう」と、無理な延命策を繰り返してきました。 でも、本当にそれでいいのでしょうか?

なぜ私たちは「やめる」のが苦手なのか
実は、日本人にとって「自治(自分たちのことは自分たちで決める)」という感覚には、独特の歴史があります。
ヨーロッパでは、自分たちの暮らしを守るために戦って勝ち取った「権利」が自治でした。 でも、日本では古くから、自治は「お上(国)」から与えられた役割、という感覚が強いのです。
そのため、私たちはどこかでこう思ってしまいます。 「行政サービスは、国や市が平等に与えてくれるのが当たり前だ」
だからこそ、バスの路線が廃止されたり、施設が統合されたりすると、自分たちが「切り捨てられた」とか「負けた」と感じてしまう。反対運動が起き、決断は先送りされ、結果として地域全体が共倒れになっていく……。そんな光景が全国で繰り返されています。

「撤退」という名の、前向きな選択
私はここで、あえて「撤退」という言葉を使いたいと思います。 でも、それは決して「逃げ」や「放棄」ではありません。
「何を大切にし、何を次の世代へ繋ぐために、どの機能を手放すか」
それを住民自らの意思で決めること。 これこそが、本当の意味での「自治」を取り戻すプロセスではないでしょうか。
これまでの専門的な議論は、「いかに効率よく街をコンパクトにするか」という地図上の数字の話ばかりでした。 でも、本当に必要なのは「誰が、どの順番で、どう納得して決めるか」という、もっと泥臭くて、血の通った話し合いのはずです。

自分たちの物語を、自分たちで描く
国が決めた一律のルールに従う必要はありません。 その土地には、その土地だけの歴史があり、文化があり、暮らしがあります。
「縮む」ことは、消え去ることではありません。 大切なものを守り続けるために、不要な重荷をそっと下ろす。 それは、私たちが尊厳を持って生き抜くための、クリエイティブな戦略です。
「いつかなくなる」ことを恐れるのではなく、「どう畳んで、次に繋ぐか」。 そんな、新しい自治の物語を、皆さんと一緒に紡いでいきたいと思っています。

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