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	<title> &#187; 「縮重社会」で自治を再定義する</title>
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		<title>「縮重社会」で自治を再定義する(５)</title>
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		<pubDate>Sat, 07 Feb 2026 01:23:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[「縮重社会」で自治を再定義する]]></category>

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		<description><![CDATA[「守る」とは何を意味するのか 「撤退＝敗北」と「地域を守る」ことが、日本社会では混同あるいは同一視されているように感じる。 特に「撤退」という言葉自体が、放棄や失敗、責任放棄と取られやすく、政策的にも正面から議論されるこ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>「守る」とは何を意味するのか</strong><br />
「撤退＝敗北」と「地域を守る」ことが、日本社会では混同あるいは同一視されているように感じる。<br />
特に「撤退」という言葉自体が、放棄や失敗、責任放棄と取られやすく、政策的にも正面から議論されることが忌避されているかのようだ。<br />
撤退を敗北とみなす立場は、撤退は軍事戦略を始め、災害適応や縮小都市論において、不可逆的条件下での能動的適応として正当化されてきた。<br />
防災政策の理論史では、かつては堤防強化や構造物整備による「防御」が中心であった。<br />
しかし、災害リスクの増大と不確実性の拡大により、被害回避を目的とする立地転換、すなわち計画的撤退(managed retreat)が合理的選択肢として正当化されており、撤重退は「守り続けることの非合理性を認識した上での適応」と位置づけている。<br />
近代以降の地域政策は、人口増加と経済成長のもと、インフラ拡張を前提とした「前進モデル」に依拠してきた。<br />
しかし人口減少と高齢化が不可逆的に進行する社会となった現在、このモデル自体が成立条件を失いつつある。<br />
存続を前提とした延命策を重ねることこそが、結果として自治体の持続性を損ない、住民生活の質を低下させる可能性がある。<br />
しかし縮重・縮退が続く地方自治体は、税源の不足が顕在化していても、公共機能や集落機能の縮退は、行政サービスの後退として否定的に捉えられる。<br />
だがそれは、暗黙のうちに地域は維持・拡張され続けるべき存在であるとの前提に立脚し、すでに成立しない時代条件に基づく価値判断の延命にすぎない。<br />
1970年代以降、環境制約や財政制約の顕在化に伴い「制御された縮小(<br />
controlled decline/managed reduction)」という発想が登場した。<br />
この潮流の中で、計画とは「拡大を設計する行為」から「不可避な縮小をいかに管理するか」へと役割を転換させた。<br />
縮小都市研究では、人口減少そのものを「失敗」と捉える立場を理論的に否定しており、無秩序に放置することが政策的失敗であり、縮小を前提に再編を行うことが計画の責務とした。<br />
この文脈において縮退・撤退を「自治の敗北」ではなく、計画の不在を回避するための積極的行為として再定義。<br />
地域を単なる居住空間と固定せず、その地域を存続させる「形態転換」であると捉え直した。</p>
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		<title>「縮重社会」で自治を再定義する(4)</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2306/</link>
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		<pubDate>Mon, 02 Feb 2026 00:47:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[「縮重社会」で自治を再定義する]]></category>

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		<description><![CDATA[過疎山村の撤退・縮退を「負債」にしないために かつて農村集落を支えていた仕事は、金銭で測れるものではなかった。 田の水を見に行くこと、道を直すこと、祭りを続けること。 それらは利他の精神から生まれ、農村社会の土台を静かに [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>過疎山村の撤退・縮退を「負債」にしないために<br />
かつて農村集落を支えていた仕事は、金銭で測れるものではなかった。<br />
田の水を見に行くこと、道を直すこと、祭りを続けること。<br />
それらは利他の精神から生まれ、農村社会の土台を静かに支えてきた。<br />
しかし高齢化率が50％を超える集落では、その前提が揺らぎ始める。<br />
役割を担う人が減り、共同作業は回らなくなり、集落自治そのものが機能不全に近づいていく。<br />
実際、ある自治体で複数の山村集落の人口動態をシミュレーションしたところ、2050年には「消滅」と判定された地区もあった。<br />
問題は、消えるかどうかではない。<br />
「さみだれ離村」が進んだ先に、何が残るかだ。<br />
人が去り、管理主体を失った墓地や神社は、やがて荒れ、忘れられていく。<br />
現場を見れば、それが机上の空論でないことは明らかだ。<br />
かつて祈りの場だった空間が、誰の責任でもなく朽ち、廃墟や“物見遊山”の対象になる。<br />
それは、地域が静かに負債化していく過程でもある。<br />
だからこそ重要なのは、縮小や撤退の是非を問う前に、<br />
何をどう守り、どう記憶するのかを、集団として決める機会を確保することだ。<br />
日本的な感覚において、先祖伝来の土地を離れることは「許されない選択」と感じられやすい。<br />
神社や墓地は簡単に移せず、結果として人のいない場所に取り残されることも多い。<br />
過去の集団移転跡地が、管理されぬまま放置されている現実は、その痛みを物語っている。<br />
だからこの議論の本質は、「縮小するか、移転するか」ではない。<br />
どのように土地との関係を再構築するかである。<br />
象徴的空間として残すのか。<br />
記録として継承するのか。<br />
定期的に訪れる「帰る場所」として関係を保つのか。<br />
たとえ撤退という選択をしても、その集落との関係を断ち切らない設計は可能だし、それこそが先祖への責任を果たす唯一の方法でもある。<br />
無言のうちに崩壊させないこと。忘却に委ねないこと。<br />
ここには、日本的倫理と計画的撤退が接続しうる余地がある。<br />
この意味で撤退とは、「土地から完全に切り離されること」ではない。<br />
それは、土地との関係性を編み直すプロセスだ。<br />
この再編が伴って初めて、計画的撤退は肯定されうる。<br />
そうした可能性を示した代表的な事例が、兵庫県丹波篠山市の丸山集落である。<br />
茅葺きの家並みが残るこの集落は、明治16年（1884）には11軒50人が暮らしていた。<br />
昭和30年代以降、仕事を求めて都市へ移る人が増え、2008年には5世帯19人、高齢化率約55％、12戸のうち半数以上が空き家という危機的状況に陥った。<br />
そこから丸山集落は、「再生か、消滅か」という二択を越える道を選ぶ。<br />
住民と外部団体による調査と学びを重ね、空き家再生に着手。<br />
2009年、「集落は家族である」という理念を掲げ、集落NPO「集落丸山」が設立された。<br />
放置家屋や遊休農地、荒廃山林を「個人財産」ではなく「共有資産」と捉え直し、相続者に代わって集落全体で協働管理する。<br />
それは、所有から関係へと発想を転換する試みだった。<br />
象徴的なのは、代表・佐古田直實氏の言葉である。<br />
「10年後に続けるかどうかは、次の世代に委ねたい」<br />
あえて組織に“終わり”を組み込み、継承できなければ崩壊しても致し方ないという覚悟を示した。<br />
それは楽観でも無責任でもない。<br />
「地域は必ず存続すべきだ」という呪縛から自由になるための、誠実な選択だった。<br />
地域は、無条件に存続し続けるべき存在なのか。<br />
公共施設は、必ず残さなければならないものなのか。<br />
こうした前提そのものが、人口縮小社会においては、改めて問い直されるべき対象である。<br />
撤退や縮退を「負債」にしないために必要なのは、消さないことではなく、関係を絶やさないことだ。<br />
そのための計画と覚悟こそが、これからの過疎山村に求められている。</p>
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		<title>「縮重社会」で自治を再定義する(3)</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2303/</link>
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		<pubDate>Sun, 01 Feb 2026 03:10:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[「縮重社会」で自治を再定義する]]></category>

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		<description><![CDATA[縮む地方社会と自治体のゆくえ 多くの自治体で深刻な事態は、総人口の縮小も大きいが生産年齢人口の急減です。 　生産年齢人口は、15歳から65歳と規定していますが、長寿化による高齢期の生活不安から、実際は70歳過ぎまで働き続 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>縮む地方社会と自治体のゆくえ</strong><br />
 多くの自治体で深刻な事態は、総人口の縮小も大きいが生産年齢人口の急減です。<br />
　生産年齢人口は、15歳から65歳と規定していますが、長寿化による高齢期の生活不安から、実際は70歳過ぎまで働き続ける高齢者が増加しています。<br />
　このそろそろ後期高齢者が働き続けるのは、目の前の暮らしが大変なことと将来の不安ですが、迎える雇用者側も働き手不足を補っている点でしょう。この当たりは雇用側は安価で働かせたい「外国人問題」と同根とも取れます。<br />
担い手不足となっている日本で「移民」は不可欠であり、その根拠となる法整備は必要ですが、一部政党が主張する「外国人問題」は、ただ根拠もない選挙パフォーマンスのように思えます。<br />
　<br />
　さて、縮重社会における市町村は、産業を支える人材不足が都市部より深刻で、従来の枠組みでは維持し得ない段階に突入しています。<br />
　そのために実際に求人募集は、年齢を問わないケースが増加し、70歳を超えて働く人も多いのです。<br />
　でも農林漁業は、80歳を超えても生涯現役として頑張っています。この方々が本当にリタイアしたら、輸入に頼るしか食料調達ができなくなるでしょう。</p>
<p>　地方自治体は、地方交付税や過疎対策、地方創生事業など、制度上は手厚く満たされているように見えます。<br />
　なのに全国の自治体で財政危機宣言が発出されているのでしょう？<br />
　つまり現実には全く不足する中での自治体運営しているのです。<br />
　地方交付税制度の「基本財政需要額 」の算定は、旧来の人口構造や国の財政基準に依存したままで、実際の現場で必要となるコスト増を十分に反映していなせん。この配分構造が問題なのですね。<br />
　この地方財政の困窮に対し、国は令和7年の年末に突然、東京都の懐に手を伸ばしました。<br />
　1都3県（東京・埼玉・神奈川）の人口は約3691万人。日本の総人口３割が、このエリアに集中しています。<br />
　さらに大企業のほとんどが、このエリアに本社機能を有しています。<br />
　人口だけではなく税収面でも東京一極集中しているわけで、「税収」が爆上がりするのは当たり前なんです。<br />
　東京都の税収は2025年6.9兆円。全都道府県で唯一、政府が算出する「標準的な経費」を自力でまかなえます。<br />
　独自施策に充てられる税金は、住民1人あたり28.1万円で46道府県の平均7.8万円と比べ約3.6倍であり税収格差が拡大しています。<br />
　そこで政府・与党から東京都の地方法人2税 や固定資産税の一部を地方に回す案が出てきたのです。<br />
　しかし、この案は地方税の付け替えでしかなく、地方自治体の財源不足を補う抜本的な改革とは言えません。<br />
　地方自治体の財政は、国からの交付金や様々な助成で賄われており、いわゆる<strong>「三割自治」</strong>が実態です。<br />
　ゆえに某市が「ふるさと納税」問題で楯突き、国との関係が悪化したように、国の言うことを聞かないと、どのような仕返しがあるか分からない。<br />
　律令国家の時代から歴史的に日本の自治権は、国家が中心に位置し、自治体はその下位に配置され、さらに地区や集落はその下に置かれて居るのです。つまり自治体が国家政策に対して、独自の判断や拒否を行うことは「畏れ多い」ことと言うわけ。<br />
　当然、国家公務員も「自治体は国の行政組織の一形態」として考えています。<br />
　一方で、地方自治体の首長や議会、職員、さらに住民まで「お上」には逆らわず、天からの下賜に頭を垂れ唯々諾々と従うことが安心・安全で平和だと思う傾向もあります。<br />
　ただ現在、心配なのはその狭間に堕ちた自治体職員の構想力・企画力が落ちていることが、とても気がかりです。</p>
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		<item>
		<title>「縮重社会」で自治を再定義する(2)</title>
		<link>http://tiiki-saisei.jp/2299/</link>
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		<pubDate>Sat, 31 Jan 2026 07:18:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[井上]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[「縮重社会」で自治を再定義する]]></category>

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		<description><![CDATA[しばらくは、ちょっと難しい話をしていきます。 人口減少下の地域再編が都市計画・経済効率・空間再編の観点から主たる先行研究は「縮小」を扱っているのに対し、ここでは、自治体制度と住民自治の相互作用に焦点を当て、農山漁村におけ [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>しばらくは、ちょっと難しい話をしていきます。<br />
 人口減少下の地域再編が都市計画・経済効率・空間再編の観点から主たる先行研究は「縮小」を扱っているのに対し、ここでは、自治体制度と住民自治の相互作用に焦点を当て、農山漁村における集落機能の「戦略的縮退」を自治の再構築過程として書きます。<br />
　また既存研究の縮退都市論 (スマート・シュリンキング )がインフラ再編や土地利用の最適化、コンパクト化といった空間的合理性を中心とした議論に対し、ここでは自治体が「どの機能を、どの主体の合意のもとで、どの順序で手放すのか」という政治的・制度的意思決定過程そのものを分析対象としており根本的に異なります。<br />
　さらに人口減少を所与の条件としている既存の縮退論が、「管理された維持」や「効率的存続」に帰着しがちであるのに対して、ここでは制度上「存続」を前提とする日本の自治体政策が縮小局面となり、構造的に齟齬を来している点を捉えながら、住民発意に基づく機能縮退・再編を自治体の正当な政策選択として位置づけています。<br />
　加えて、社会的イノベーション論が成功事例の提示に留まりがちであるのに対し、ここでは「撤退」という概念が、日本社会で忌避されてきた文化的・規範的背景を掘り下げるとともに、撤退を敗北や放棄ではなく、自治の持続性を担保するための能動的・倫理的選択として再定義していきます。<br />
　これは国主導の画一的縮小政策ではなく、自治体ごとの歴史・文化・生業に根ざしたオリジナルな戦略によってのみ、人口減少社会における持続可能な自治が成立し得ることを示唆するモノです。<br />
************************<br />
  日本は2004年12月の1億2,784万人を総人口のピークに、毎年減少を続け、2024年4月1日の総人口は１億2,400万人となりました。<br />
　特に出生数の歴史的低下で「縮重構造」に直面しており、日本の人口は、何の対策も講じなければ2060年には8700万人と現在の3分の2となってしまうと予想されています。<br />
　さらに都市圏への人口移動が終息しない場合は、<strong>4分の1以上の地方自治体が消滅</strong>してしまう事態が以前より想定されているのです。人口減少と財政制約が、同時進行する地方自治体は、都市計画や行政効率などで再編など夢物語のような危機的状況なのです。<br />
　世界でも最先端に縮重社会とも言える地方は、自治そのもののあり方を問い直すことが重要になってきました。<br />
　これまでの縮退都市論やスマート・シュリンキングは、インフラの集約や土地利用の最適化といった空間的合理性の確保を中心に議論を積み重ねてきました。ですが、こうした議論は自治体がどの公共機能を維持し、どの機能を手放すのかという意思決定が、どのような主体による合意形成がなされてきたかという、制度的・政治的側面を十分に射程に収めてきたとは言い難いのです。<br />
　次章では日本の自治体制度が歴史的に「存続」を前提として設計されてきた点や諸外国の縮小を前提とする再編を紹介しつつ、住民自治と自治体制度の再構築過程として捉える理論的枠組みを提示していきます。<br />
　人口縮小局面において制度的前提が、今、緊張や限界を生じさせています。<br />
　そこで機能の縮小や公共サービスの撤退を、自治体の放棄ではなく、自治の持続性を確保するための戦略的かつ倫理的選択として位置づけ、住民発意に基づき正当化され得るのかを記述します。<br />
　以上、本章では、縮退都市論、社会的イノベーション論、ならびに日本の自治体制度研究を架橋しながら、農山漁村地域を主な対象として、縮むことを前提とした自治体再編の枠組みの理論的基盤を構築します。これにより<strong>国主導の画一的縮小政策とは異なる、自治体ごとの歴史・文化・生業に根ざしたオリジナルな再編戦略の可能性</strong>を導き出したい。</p>
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